社長だより vol.2

 【昔の夏みかん】

 夏みかん我が家に必ず毎年4月に、静岡の磐田から「昔の夏ミカン」と「新茶」が宅急便で届く。部屋中にツーンと新鮮な香りが拡がる。
送り主は、亡くなった父の戦友の奥さんのお名前だ。秋には「三ケ日のみかん」も送っていただく。秋田からは夏に、「いなにはそうめん」、秋は「大森のふじ」をお届けします。この“相互訪問”は、父と戦友の間で、昭和30年代初頭、夏みかんとリンゴで始まり、かれこれ55年も過ぎた。今はお互い顔見ぬ長男同士の付き合いだ。

 今年もいただいた「昔の夏みかん」を仏壇にお供えした。毎朝家内と一緒にご飯とお水をあげ、“食べるか?”と顔を見合わせ、最後の1個に手をつけた。届いてからかれこれ1か月半以上も過ぎた。“しなぶけ”てしまったが、しっとりと重く、歯が浮くような酸っぱさは、子供のあの時に帰る。

 父の海軍時代の履歴表と写真から推測すると、戦友とは支那事変で苦楽を共にしたようだ。磐田へは小学校低学年の時、家族4人でC58(だと思う)に牽かれた夜行列車(急行津軽)の2等車(ボックス席でクッションが良いだけ?)に乗ってお邪魔しただけだ。あの時、窓を開け目に何回煙(石炭)を入れただろう。目がごろごろして、両親に“涙を流せば取れる”と言われたことを思い出す。「昔の夏みかん」の木も二代目と聞く。亡き父の名代で戦友の墓参りもしたい。今度は「こまちとこだま」を乗り継いで家内と磐田へたどってみよう。

H25.6月