社長だより vol.4

 【打ち水】

 今年は父の七回忌。元気でいれば卒寿。
その父が寝たきりになり、盆栽への“水やり”は私の仕事になった。生前足が不自由になり、父に“水やってけれ、葉水も大事だ”と言われ、ついついつっけんどんに“水かけてくる”なんてぶすっと言ったものだ。
私は面倒なので、じょうろのハス口を外して水を根元にかけ、あとは多くの盆栽の上からまとめて雨降り同様“ざあ・ざあ”とかけてやった。“これでは水を撒くのと変わらない”と思いながらもついついやってしまう。
そして、毎年減ってゆく盆栽の数。枝が枯れ、樹形が変わってゆくのをみていると、無口な父の仕事の丁寧さが目に浮かぶ。
玄関前

 たいして時間もかからない盆栽への水かけが終わってから、玄関前の植え込みに水をかけ、僅かばかりのアプローチに「打ち水」をする頃になるとなぜか、柄にもなくゆったりしてくる、というか静かな心になる。水の動きが空気の流れを変えている。五感への清涼効果だと思うのだが、植え込みも目に見えて鮮やかに生き返る。“待ってたよ”、庭木が思い思いに話しかけてくる。

  この数歩のアプローチ、「訪れた人が振り返ると思わず “えっ”と感ずる景色にしてほしい」、と地割や飛び石の配置を庭師と相談したことを思い出す。長年父の信頼の厚かったその庭師も老齢で引退となった。この頃は「口ばかりの職人」がはさみを入れるものだからなかなか景色が落ち着かない。それでも「打ち水」をすると心が和らいでくるのがわかる。このアプローチに何か主張を持たせてやりたい。蹲は手入れが大変そうなので、飛び石の横に大ぶりの「鞍馬石」を配し、杉苔をと巡らしている・・・。

H25.8月