社長だより vol.43

【大いなる積み重ね】

 午後11時半は過ぎていただろう。私は「一富士・二鷹・三茄子」 の語源を読みながら、珍しく燈りの付いた寝室で眠ってしまった。家内はまだ小説を読んでいた。ふと目が空き、手探りで枕もとの携帯を見たら午前1時23分。“へー、1・2・3並びか、こんな偶然もあるんだ”、と一瞬思ったがまた寝入ってしまった。

 私は中学生になって両親から腕時計を贈られたが腕時計、2年ぐらいで机の中にしまいこんでしまった。それ以来、60年もの間腕時計をすることがなかった。といっても近年は携帯を肌身離さず持っているので腕時計と同じことか。時間に追われず仕事をしているなどと気取っているのも滑稽だ。今年になって、思い出したように1か月ほど還暦で亡くなった従兄の形見の音波時計をつけたが、やはり何か大事なものをなくすのではないかと気になり、今は食卓の上に飾っている。

 高校・大学入試・入札など極めて大事な時間も腕時計なしで過ごしてきた。そのせいか、腹時計は意外と当たる。先日、早朝からマイ畑での“農作業”。携帯をなくせばと思い、車に置いているのだが、雑草取り、1時間も経つと疲れる。お日様もあがってくる。一服しながら、家内が“今、何時?”、私は即座に”7時40分ぐらいだよ”と言った。ほどなく車の時計を見た家内は、なにか不思議そうに一言、“当たってる”。それはそうだ。当たる理由は手品と同じで種がある。
 汽笛だ。秋田港に苫小牧からフェリーの到着が午前7時半頃、新潟への出港が1時間後。7時、8時の時間さえ間違えなければ、海風にのって聞こえる汽笛に腹時計を合わせればいいだけのことなのである。偶然でもなく多少腹時計を考える程度だ。6時に出港する船もある。また、近くの秋田陸上自衛隊駐屯地の“起床ラッパ” も雲昌寺のアジサイ聞こえることがある。午後は学校のチャイムも聞こえるので時計代わりに事欠かない。勿論、これらの種は家内にバラしてはいない。

 ただ、この頃時計を持たないことによって相当に無駄な時間を過ごしてきたのではと思うようになってきた。父親は旧海軍、連合艦隊旗艦『高雄』などに乗船していたと言う。出港時間には大変厳しいものがあったと、子供のころからよく聞かされていた。曰く、“集合には何があっても10分前には現地に到着していること”。これがトラウマというかごく当たり前のことなのだが、時間の約束だけは人にも冷たく当たってきたと思う。それだけに、概ね20~30分前の余裕現地到着が私のセオリーである。
 しかし、仮に週2回の約束などがあれば、月8回で240分。年間では2,880分の待ち時間となり、丸々2日が無駄となる勘定だ。60年とすれば実に120日、4か月分である。実際はもっとあったろう。この時間をただ“ぼ~”と生きてきたわけではなく、もの思いのゆとりの時間と見ればいいのだろうが、この歳になると“もったいなかったな~”と感じる。

平成30.7月