カテゴリー: 社長だより

社長だより vol.63

 この度、令和2年4月1日より社長職を拝命致しましたので、会長(前社長)の後を引き継いでこの「社長便り」を5月より更新して参ります。まだまだ若輩者の私ですが、今後もより一層社業に取り組んで参りますので、何卒宜しくお願い致します。

 今年になってからは「新型コロナウイルス」についての話題が出ない日がないように感じています。特に令和2年4月8日の安倍首相による「緊急事態宣言」以降、同月16日には対象が全国に広がり、不要不急の外出自粛要請など全国的に様々な自粛や対策を実施しています。勿論、当社でも「新型コロナウイルスについての対応」を掲げ、適時更新し行動自粛や感染防止に努めています。

 感染された方々の1日も早い回復を願っておりますし、更には医療従事者並びに関係者のご尽力には本当に敬服致します。

 1日も早く、以前のような平穏な日々を過ごせる事を心より願っております。
 私自身“書く事”に慣れておらず、数年前から文字(言葉や文章)に慣れる事を目的に“本を読む事”を心掛けています。当初は「ジャンルは問わず月1冊」と思っていましたが、初志貫徹とはいかずに現在に至ります。結果として読んだ書籍の数は多くありませんが、その中の1冊「孫子の兵法」について今回は少し書こうと思います。特別、歴史や三国志などに興味がある訳でもない私が購入した書籍に何故か「孫子」に関連した書籍が2冊あります。それだけ「孫子」に関連した書籍が今でも沢山出版されているのかもしれません。孫子に関しては諸説ありますが、一般的には中国戦国時代(春秋時代)の軍略家で、兵法や軍事論は今から約2500年以上前のものであるにも関わらず今でも読み継がれており、様々な事柄に応用が出来る“考え方”だとされています。勿論、私もそのように認識しています。今回はその「孫子の兵法」の中から1つの兵法(考え方)をご紹介します。

『利(り)に雑(まじ)うれば、故(すなわ)ち務(つと)め信(まこと)なる可(べ)し』

 ※言葉(表現)は、その書籍によって多少の違いがありますが、同様の意味となっています。

 現代語訳では「利益には必ず害悪の一面があると分かっていれば、その事業は必ず成功する」となっています。常に利益と害悪の両面を考慮に入れながら行動をするので、さしたる困難に直面することなく(仮に困難に直面しても)、物事を計画通りに進める事が出来るという考え方になります。
 皆さんもこの言葉や意味を見て、様々な考えが浮かぶかもしれません。私は「何事にも二面性(多面性)がある事を理解し、想定していれば成功する」「自身の考えだけに過信していると成功は出来ない(自身の考え方以外の様々な考え方も参考にすると成功する)」などと理解して、日々の行動や決断をするようにしています。今回ご紹介した兵法(考え方)以外にも様々な兵法(考え方)が沢山残されています。日本の戦国武将や偉人、現代の世界的著名人にも影響を受けた人物がいると言われています。皆さんも機会があれば、孫子の関連書籍を一度読んでみては如何でしょうか。
 今後も様々な話題を毎月更新していきますので、末永いお付き合いを宜しくお願い致します。

令和2年5月

社長だより vol.62

【いいものをみた】

 暖冬とはいえ、冴えかえる時などは温もりのある布団に執着が強くなり、あともう少しなどと寝ぼけていると、階下で朝食の準備をしている音が聞こえる。障子も雪明りがないのでまだ暗く早いと思うが、携帯が呼んでいる。申し訳なく暖まった部屋にのこのこ手すりにつかまりながら降りてゆく。着替えもそこそこに仏さんに急いで向かう。膝が悪いからと言って私は後ろにいて、足を投げ出し、漂う線香の煙を見ているだけ。実にいい加減なおつとめだ。

 食卓に着くとまず“がっこ”(『雅香』)を食べる。今は聖護院かぶと一緒につけた大根の“ビールづけ”。香りはかぶそのもの。歯触りは大根、漬かり具合といいなかなかの味だ。大半は私の腹に納まる。秋田では漬物を総称して“がっこ”といい、『何々がっこ、例えばいぶりがっこ・なすがっこ・みそがっこ』などと呼ぶ。数年前までは生大根を「なた」でざくぎりし、麹で漬けた“なたづけがっこ”が冬の定番であった。特に桶に薄氷が張るような時は絶品だ。この頃は直ぐに発酵して“漬かりすぎ、捨ててしまうのでつくらない”という。私はこの漬かりすぎのあめ色になったものが大好きで、どんぶり一杯でも食べられる。何とも暖冬がうらめしい。

 それでも今日は寒いからおでんがいいなと思って帰ると、ずばりおでんが出ていると思わず“にやり”とする。白い湯気とともに立ち上るおいしそうなにおいをかぎながらお目当てはもちろん大根。力を入れることもなく箸がすっと入る。あつあつをほおばると、離れて暮らす子供達にこれがマイ畑の大根と食べさせたくなる。

 腹の中から温めるのもいいが温泉もいい。先日家内と一泊で、県北の海沿にある温泉ホテルに投宿した時のこと。身も心も暖まる光景をみた。湯船から90歳過ぎのおじいさんに40歳過ぎに見える孫がおじいさんの頭や背中を丁寧に洗っている。気持ちよかったんだろう。おじいさんが頷いているのが見える。手すりを指して、転ばぬよう、“立つときは手すりにつかまって”とでも言っているのだろう。何度もなんども頷いている。私も両親をよく温泉に連れて行ったが、なんとなく気恥ずかしさが先に立ち、ついぞ背中を流してやったことはない。洗ってや09_74ったらきっと“喜んだろうな~”と、今更ながら悔やんでいる。

 昨夜は風が強く、しばらくぶりで虎落笛(もがりぶえ)のような風を聞いて寝た。朝、静かなので期待して外を見たが“雪は降っていなかった(積もっていなかった)”。今年は“雪が降っている”中を歩いたこともない。雪がないと少しの風でも寒さをより感ずる。
 手元の国語辞典で「寒」の付く言葉を見たら寒何々がいっぱいある。その中で、寒害(寒さのために起きる農作物の被害)・寒心(ぞっとすること)の標記がある。はじめての言葉にお目にかかった。マイ畑の玉ねぎとニンニク、今年は雪の布団がない。大丈夫だろうか。「寒何々」とか「冬何々」とかが多いのは、日本人の生活に季節の影響が大きいことを反映しているのだろう。やはり降る時は降ったほうがいいにきまっている。

 社長だよりは、今月第62号をもって終了することにしました。長い間、マイ畑を中心に身の回りの出来事にお付き合いいただき感謝いたします。

令和2年.2月

 

社長だより vol.61

【シロネズミ】
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 お正月と言えば、お雑煮。我が家はつゆっこ餅。昆布と鶏の合わせ出汁。角切りの焼餅、具材はいたってシンプルで、鶏とみつぱそして蒲鉾。結婚して味噌仕立てからこのスタイルとなった。大晦日の年取りのお重を突っつきながら元旦に食べると新年を迎えた気になる。そして、体重が気になるころに七草粥となる。腹にやさしく野菜がごたごたはいった大好きなお粥。戦中・戦後のことはわからないが、贅沢な雑炊を食べると新年へ一層神妙になる。

 今年は子年。十二支の始めがなぜ鼠なのかの由来はとうとうわからなかった。そのうちの出会いをまとう。地方によっては正月に鼠というのを嫌って“嫁が君”というそうだ。言葉の歳時記(*1)に「養蚕の盛んな地域で蚕に害を及ぼすものとして鼠を非常に嫌い、鼠と言っただけでそこら辺から出てくるので、“嫁が君”とこっそりと言った」そうだ。また、「嫁が君と呼ぶ理由は、ヨノモノ・ヨモノ・ヨメゴなどとなまってヨメがキミとなった」と紹介されている。
 鼠はコメ・野菜を食い荒らすなど害をなすもの。昨年はマイ畑のジャガイモ・さつまいも・カボチャ・メロンをほとんど壊滅させたにっくき害獣でもある。また、『子の年は穀ミノラズ』というが他の干支でもおなじこと。自然災害は繰り返される。凶作に備えよと言っているのだろう。また、怪談めいた子規の有名な『行燈の油なめけり嫁が君』とかもあり、彼らには何の責任もないのだがその器用さが災いをなしている。

 そのかわいい姿に似合ういい諺がなかなか思いつかない。「子孫繁栄」が浮かぶものの、一方で“ネズミ算式で増殖”の表現はいろんな局面でより多く使われる。彼らの名誉回復にふさわしい言い回しかどうかは分かれるが、『天井で鼠が鳴くのは吉治が来る兆し(*2)』、くるくる立ち働くことを「コマネズミのように働く」がある。江戸時代には「あの大店(おおだな)のシロネズミ」という言い方があった。このシロネズミは主人に忠実な奉公人、番頭さんを指すと聞いている。なぜかというと「ネズミはチュウ(忠)と鳴くからだという。ネズミの中でも白いネズミは数も少ないので特に珍重されたのだろう*2」

 今年は一部エコノミストの間で、景気に変調をきたすのではとの予測がささやかれている。地道な商売を目指し、『ネズミにひかれないよう』シロネズミの経験と勘を大事にしよう。そして、「いまだかつてないとか、命を守る行動」などのニュースがないことを心から祈ります。

*1 言葉の歳時記(1月2日) 金田一春彦著  新潮文庫
*2 語源散策(十二支散策)  岩淵悦太郎著  毎日新聞社

 

令和2年.1月

 

社長だより vol.60

【佐竹本三十六歌仙絵】

 解体新書の挿絵を描いたことで有名な秋田藩士・小田野直武(おだのなおたけ)は秋田県角館の出身、本格的な洋風画を全国に先駆けて誕生させたことでも知られている。美術の副本でも近代絵画の欄では必ずと言っていいほど『不忍池図(重要文化財、秋田県立近代美術館所蔵)』が掲載されている。右半分に鉢植えの芍薬と右端に太い幹、左に池をはさんで対岸の景色を描いているあの絵だ。本物に出会った時、遠近の静かな佇まいに一人別世界に入りこんだような錯覚があったことをはっきりと覚えている。秋田の絵画は佐竹藩主に多くの名作が残されていると言われる。特に第八代佐竹義敦(よしあつ)、四代義各(よしただ)や九代義和(よしまさ)公などであるが、残念なことに没後は狩野画や秋田蘭画の発展を見なかったようだ。

 引かれるように鎌倉時代の名品、現存最古と評される『佐竹本小大君三十六歌仙絵』展覧会に向かった。『佐竹家は1917年に売りたて、手にした実業家は第一次大戦後の終結を契機に手放した*1」。佐竹家に所蔵されていたことに美術界ではたいへんな驚きがあったようだ。
 しかし、(現在の価格で約35億円とも言われる)高額で誰も購入できず、海外流出を恐れ分割し、財界人が籤で購入することとなった。この時の緊張のざわめきは『「画運-順次に内振る「青竹の籤(くじ)筒 遂に分かたれし三十六歌仙」と中外商業新報(日本経済新聞の前身)が1919年大正8年12月22日に報じている*2』。今年はその分割からちょうど100年目、離ればなれになった歌仙絵37枚のうち31枚が京都で再会することとなった。
*1 10/29 秋田さきがけ新報 佐竹資料館講演会から
*2 10/21日本経済新聞23ページ

 以前から佐竹本三十六歌仙絵で気になっていたのは、なぜ佐竹家に所蔵されていたのかの流転と、これだけの名品をよくもバッサリと裁断することに気が咎めなかったかである。分割で共有と言いながらも切った行為があまりにも味気なく、あるいはどさくさ紛れでなかったかと思っていた。
 ところが、もともと一枚一枚の歌仙絵であったものを張り合わせしたことをNHKテレビで知った。分割するときは腕の立つ表具師が細心の注意で剥いだとのことで納得しないがわかる気もする。09_72③09_72②

 照明を落としたガラス越しの歌仙絵は和歌を踏まえた肖像と言われる。右の坂上是則(さかのうえのこれのり)は目を凝らしてみると、遠くへ思いをはせるような目の表情や“寒さのための赤い頬”などその繊細な描写へ心が惹かれる。
 また、所有者によって趣向を凝らした表具にも目を見張る。『中世の絵を切り取り、「表具・肖像・歌」が一体となって』その存在価値をかけがいのないものにしている。
(上記『 』・下記和歌・口語訳とも開催パンフレットから)
 和 歌   みよしのの 山の白雪 つもるらし ふるさと寒く なりまさりゆく
 口語訳  吉野の山には雪が積もっているだろう。奈良の都も寒さがましていく

 会場には歌仙絵のシミなども本物と寸分違わぬ複製もガラスケースに展示されていた。一枚いちまい2~3ミリ重ねて張り合わせていたことも下からの照明で“確認”できた。長い間の小骨が取れたようだ。
 今冬は秋田県立近代美術館(横手市)や秋田市立千秋美術館の企画展で秋田蘭画をじっくりと楽しむことにしよう。そして新年を新たな英気で迎えよう。

令和元年.12月

2019/12/16 1行目の「佐竹藩士」を「秋田藩士」に訂正する。

 

社長だより vol.59

【身に入む(みにしむ)】

 台風15号・19号の爪痕はただただ凄まじい限りで、被害に遭われた方には心からお見舞いを申し上げます。自然の仕返しなどとは思いたくもないが、「災害は忘れたころにやってくる」というのは昔の言葉になったかもしれない。次から次と襲ってくる『過去に経験したことのない』という気象庁の表現に体が強ばる。自然は嘲笑っているのではないだろうが、どうしたものだろう。

 あの暑い夏が去って、過ごしやすい天候になると夜も長くなる。灯火親しむ侯となるのだがチョッキ、特別読み残している小説を読むでもなく、母親が古毛糸で編んでくれたチョッキを着て、定番の粗大ごみ、“ごろっ”とよこになってテレビのチャンネルを回している。
 チョッキは3枚あり、1枚はUさん、そして私と家内に遺された。女性用は腰までの長いものだ。三枚共ボタンが左前で女性向けである。着るときはいつも勝手が違うので着にくい。この頃はボタンを外さず、かぶることにしている。大きめに“だぶっと”編まれて着心地もよく、今の時期手ばなされない。毛玉もだいぶ目に付くようになった。

 Uさんの夫君は元国語教師。早期退職して読書(と散歩)三昧の生活だ。月に1~2回は老々介護というわけでもないがご高齢の二人暮らしの様子見を兼ねて遊びに行く。いつお邪魔をしても“はい、どうぞ”と嫌な顔もせず歓待していただく。何かを相談するというのでもなく、“ガッコ漬けた”とか“草むしりをした”とか、ただ毎日の生活を話している。最近、Uさんは“腰が痛い”などを繰り返すようになった。その度に夫君は“それが歳をとったということ、嘆く必要もないよ”とさらっと返している。今まで何度か言われても聞き流していたせいもあるが、この頃“嘆く必要もない”を聞くと素直に腑に落ちるようになった。ブナの紅葉
 このご夫婦、日常生活、買い物、旅行など一切飾ることをしない。会話でもお互い気兼ねなく喋っているように見える。ただ、Uさんは夫君とすれ違いがあるときは、“私はわたし、お父さんはおとうさん”が口癖なのでその時を察知したときは家内と話を聞くことに徹している。Uさんは最近耳が遠くなったせいか大きな声で話す。すれ違いの時も、そしてよく笑う。誠に羨ましい自然体である。
 最近、夫君から身につまされるような話があった。いわゆるカラスへの贈り物『断捨離』に話が及んだ時のこと。“死んでから残された人への思いやりで、生前に身の回りを整理しておく必要はない”というのだ。そして、重ねて言う。“死んでから自分がどうされようと分かる訳もなく、家族がやりやすいようにしてくれればいい。最近の断捨離が当たり前のような風潮には辟易する”という。

 私もそう思うが、遺族への思いやりというのではない。ただ単に、身の回りの整理がつかず、ものに囲まれているような生活なので、大事なものはきちんと残すことが必要だと思うだけだ。淡々としたU夫妻を見て羨ましく、中途半端な自分に嫌気がさすときもある。この期に及んでだ。きっと日々の生活に素直に感謝する心がないからだろう。秋風は身に入むばかりだ。

令和元年.11月