2017.07.03 | 社長だより

社長だより vol.31

【つばめ】

09_43①

 田植えもとうに過ぎ、来週には夏至だというのに、未だつばめをみていない。秋田地方気象台の「平年つばめ初見」は4月18日とある。今年は4月16日が初見というから、2か月前には戻ってきていることになる。
 60年も前の話だが、父の生家(秋田市高野)につばめが巣をかけていた。太い角の取れた敷居をまたぐと黒光りしたでこぼこの広い土間があり、つばめの巣は右奥の鴨居にあった。“つぱっ、つぱっ”、とせわしない子つばめの口にせっせと餌を詰め込んでいた。「つばめが巣をかけると縁起がよい」とか「つばめが低く飛ぶと雨が降る」とかはその頃覚えたのだろう。

09_43②

  藤沢周平の「玄鳥(げんちょう)」の書き出しに、『「つばめが巣作りをはじめたと、杢平(もくへい)が申しております。いかがいたしましょうか」。路は夫の背に回って裃を着せかけながら、努めて軽い調子で話しかけた。「つばめ?」夫は前を向いたままで問い返した。長身だが肉のうすい背である。「あれは追い払ったはずではないか」「また、戻ってきたそうです」。「場所は同じところか」。「はい、門の軒下です」。「巣はこわせ」・・・わかりましたと路は言った。予想していた返事だったのでさほど落胆はしなかったが、それでも路は、このとき二羽のつばめが嬉嬉として鳴きかわす声が、鋭く頭の中にひびきわたったような気がした』(*1)とある。

  この「玄鳥」は、出奔した藩士を上意討ちの藩命を受けた3人が不意を突かれ失敗。生き残った曾根兵六は嘲笑されることになるが、実はこの兵六が冷淡・傲慢とも言える夫、人を見下す末次忠次郎の妻、路の淡い恋心の相手であった。兵六は下級武士だがやがてその責任を取らされることになると路は知った。路の父親は無外流の使い手。路は父の極意を兵六につたえ、生き伸びることを願う。「玄鳥」最後に『「杢平、来年つばめはこないでしょうね」「へい」今度は来ますまい」。曾根兵六も、だしぬけに巣を取り上げられたつばめのようだと路は思った。生死いずれにしてももはや二度と会うことができないだろうと思った』。(*1)もう戻ることのないつばめに路の恋心を託したのであろう。作品に生活感という現実味があり、どっぷりと遠い昔に引きずり込まれてしまう。

  また、同氏の『夜消える』(文春文庫)に「初つばめ」がある。女として言い知れぬ辛酸をなめ、弟を育てた“なみ”。その弟が表店の太物屋(D)に婿入りすると姉を訪ねてきたときの“なみ”の激情にいろを失う。羨望、諦め、つい“なみ”に共感してしまう。両者対面の直前、“なみ”の心はつばめの俊敏な飛翔にやすらいでいたのだが・・・

09_43③

 私にとって“つばめ”というと、「スマートな渡り鳥」「国鉄スワローズ”(現ヤクルトスワローズ)」そして“特急つばめ”だ。現在、「国鉄スワローズ」は超低空飛行で首位から15ゲーム差。土砂降りだ。“特急つばめ”は最新鋭のEF58型電気機関車にひかれ、最後尾に展望車がついた憧れの列車。2015年に廃止された「トワライトエクスプレス」にその面影が遺っていた。最近デビューした「トワイライトエクスプレス瑞風」も最後尾に展望車を持ち、昔の“特急つばめ”を彷彿させる。EF58型の車体色は「淡緑5号」というらしいが、今も鮮烈に記憶にある。この「淡緑5号」、和の色辞典で色合わせをしてみると感覚的には「草色(くさいろ)」に見え、“くすんでいるので他の色とのバランスがとりやすい”とある。また、時期は過ぎたが春の味、“草餅は邪気を払うという意味が込められている(*2)”との事。1956年、東海道線全線電化で既に戦後が終わり、“特急つばめ“が新たな日本を切り開こうとしたのだろうか。

 *1玄鳥   藤沢周平 文春文庫
  2和の色辞典 視覚デザイン研究所
  3 日本奥地紀行 イザベラ・バード 訳 高梨健吉
         平凡社ライブラリー 平凡社

写真
 A 鳥類の図鑑      小学館の学習百科事典4
 B 玄鳥カバー  藤沢周平 文春文庫
 C 鉄道 機関車と電車 小学館の学習百科事典11
 D 川崎呉服店の看板 「太物屋」
 E 「交流サロンぽすと」の裏庭
  明治11年、山形県金山町にイザベラ・バードが投宿し、『日本奥地紀行』(*3)に“険しい峰を越えて、非常に美しい風変わりな盆地に入った”と紹介している。金山三峰が印象的で、100年かけてつくるという街並、白壁と切妻屋根に考え方の“ロマンチックさ”がある。「川崎呉服店」もその中の一角だ。私が特に時間をゆっくり過ごしたいところが「交流サロンぽすと」の裏庭。旧羽州街道沿いにそのたたづまいが待っている。

平成29.7月