秋田東北商事株式会社

NEWSお知らせ

カテゴリー : エコムジャーナル
2022.07.01 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.24

 「バスタオル持ってきたか?」朝6時、登山口駐車場に到着。3時間前に自宅を発ち、目をこすりながら移動するも駐車場に着いて間もなく、相棒の言葉で途端に目が覚めました。
この日は八幡平鏡沼ドラゴンアイの「開眼」(エコムジャーナルNo.13ご参照)を見ることが目的でしたが、その前に同じく八幡平国立公園内にある一座を登ることに。登山口は後生掛温泉の敷地内にありますが、バスタオルの出番は下山後ではありません。

 秋田焼山―――秋田県の北東部に位置し、鹿角市と仙北市の境界にある活火山。50万年前に古焼山溶岩流の流出で形成が始まったと言われています。山頂付近は硫黄気質が著しいため「硫黄山」とも呼ばれ、山頂火口や山麓に多くの温泉(東側に後生掛温泉、西側に玉川温泉)が存在します。

 朝6時半、登山スタート。山にも春が訪れたことを知らせるかのように林道ではウグイスの鳴き声が響き渡ります。木漏れ日を浴びながら歩を進めること約1時間半、峠に到着すると一気に視界が開け、活火山らしい荒々しい地形が現れます。

 中央火口丘である鬼ケ城を越えて山頂が近づくと硫黄臭が漂い始め、乳白色の湯沼(直径700mほどの火口湖)に到達します。周辺ではボコボコと音を立てながら盛んに水蒸気が湧き上がっており、地熱活動の臨場感が伝わってきます。ガス濃度が高いため湯沼周辺は立入禁止区域ですが、かつては硫黄の採掘場として毎月1000t近くが精鉱されていたそうです。

 登頂(標高1366m)を遂げ、名残峠の稜線から湯沼の外輪を周って下山に入ります。しばらく沢を伝って歩きますが、「湯の沢」と呼ばれるように沢を流れるのは硫黄たっぷりの温泉。上流の湯温は50度以上ありますが、下流に進むにつれ徐々に湯温が下がります。入浴に適した湯温になった頃、湯の華や湯泥が沈んだ湯だまりがあり、傍らにはご親切にバスマットや風呂桶が用意されています。これまで浸かった方が目印とばかりに置いていったのでしょう。焼山の景色を眺めながら浸かることができる正真正銘の天然温泉は、皮膚病や傷所等への癒し効果があるようです。


 さて、エコムジャーナルは今回の投稿より3年目に突入しました。現在、定期連載は隔月(奇数月)の投稿としておりますが、これからも読み応えある投稿の継続に努めて参ります。ますますのご愛読、よろしくお願いいたします。

秋田担当A(7回目の投稿)

2022.06.01 | エコムジャーナル

エコムジャーナル 特別号Vol.4

【駅】

 2022年3月1日の日本経済新聞、コラム「春秋」に『「駅」という言葉は、どこかもの悲しい。これまで、どれほどの人びとの出会いや離別の場になったのか。古里の駅から戦地に出征する親族を見送った。でも、それが今生の別れになってしまった。セピア色のつらい記憶を持つ戦中世代の方も、おられるかもしれない。』とある。私から平和の3駅をご紹介する。

 駅といえば、ベニスを舞台としたキャサリン・ヘプバーンの「旅情」、あの最後のシーン。アメリカに帰る婚期を逃した彼女を乗せた汽車が動き出す。ホームにやや小柄な中年の恋の相手が白い花を掲げて走ってくる。窓から大きく身を乗り出し懸命に手をふる、あのシーンだ。さすがお国柄、イタリアだ。ゴンドラのシーンでは「オーソレミヨ」、いたるところで「カタリ」・「パッショーネ」などカンツオーネの名曲がながれた。

 小生の浪人生活は仙台であり、仙台駅で苦い思いの洗礼を受けた駅だ。当時の駅舎の正門は大きなぎーぎー鳴る木製のガタガタ扉。実家から連絡のあった時間にこの扉の前で叔父を待った。ほどなくニコニコ顔で近づいてきて、元気か?ぐらいの話はしたと思うが詳細な記憶はもちろんない。しかし、母から下宿の電話に叔父の話として、“着ていたものはさもしいものとの印象”で、力を落とした声が今も耳に遺る。

 今年91歳になる従兄の新婚旅行。結婚式を当時の国鉄宿泊所で挙げ、その足で従兄たちが秋田駅に集まった。勿論見送りだ。記憶ははっきりしないが、“夜行急行つがる”だったと思う。今ではNHKアーカイブに登場するようなホームで“頑張れ、頑張れ”などと大声を張り上げた記憶がある。何を頑張れと言ったのかわからないが、後にも先にもホームでの新婚旅行の見送りはこれ1回しかない。

 春秋の最後は『ウクライナ国境に近いポーランド南東部の街、プシェミシルの駅舎の光景を現地入りした記者が伝えた。戦乱を逃れた女性の肉声が胸に迫る。一方、この駅に向かうウクライナの男たちの姿も、メディアは報じる。近隣国での出稼ぎを中止し、祖国防衛に赴くのだ。映画ではない。この世界の現実である。』、と伝える。あのひまわり畑は大丈夫なのだろうか。

2022.05.02 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.23

 青森Hです。
 今年の冬は大雪で大変でしたね。昨年12月28日は青森市内入る道路が全て通行止めとなり、市内から郊外に向かう道路は大渋滞となり大変でした。

 一方、3月に入り暖かな日が多く雪解けも早く進み、4月には初夏のような日もあり、岩手県久慈市では30℃になったとテレビで報道されていましたね。
 今日(4月21日)、弘前公園の桜は去年より2日遅いものの平年よりも6日早く満開となり、過去7番目の早咲きとのことです。
 本丸では満開のソメイヨシノの他に三分咲きのヤエベニシダレもあり、色の対比を楽しんだり、天守と桜を一緒に写真で撮ったりしている人もいるそうです。
 西堀の桜のトンネルは七分咲きで、西堀ではボートに乗り桜を見ることができます。また、外堀の花いかだは4月27日あたりからとニュースで話しておりました。

 ということで、以前撮影した弘前公園の写真を載せますので桜の余韻に浸っていただければと思います。上手く撮れてなくて申し訳ございません。

移動前の天守(2014年)

天守から岩木山(2014年)

お堀と桜(2017年)

水面に映る桜(2021年)

コロナで左側通行(2021年)

 来年、弘前公園にいらしてみてはいかがでしょうか。

以上

※今後のエコムジャーナル定期連載は隔月(奇数月)の投稿とさせていただき、次回は7月に掲載いたします。これからもご愛読いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

2022.04.01 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.22

 岩手県北上担当のKです。皆様いかがお過ごしでしょうか。ほんの少しの間だけお付き合いいただけましたら幸いです。

 いきなりではありますが、今のコロナの時代というのは音楽演奏を趣味としている人にはつらいものです。私は幸いにも引っ越して生きた北上市には素晴らしいリハーサルスタジオがあり、又こちらで知り合ったドラマーの方が所有している、趣味のスタジオの無制限利用許可と言いますか、ご厚意で使用させていただいているおかげもありまして何とか個人修練を不自由なく継続することができています。とてもありがたいことです。

 ジャズ漫画「ブルージャイアント シュープリームス」にジャズは個人に特化した音楽、という言葉があったのを憶えています。ジャズはその根幹にアドリブプレイがあります。その瞬間毎にその人だけのオリジナルの音楽を創造することを優先順位の最上位と位置づけ、楽譜上のテーマやコードなどの曲の枠組みはアドリブのためにあるイメージの投影だと私は考えるのです。

 私にとってジャズを演奏するときの幸福というのは、リズムセクションや他のフロント楽器の方々と一緒に演奏することで、人それぞれの音楽を体感できることです。みんなで一緒に一つの物を作ろう、というのとは少し違っていて、ボクシングや格闘技みたいにお互いにスパーリングや試合をしてお互いを高めあうというイメージなのです。試合が終わったらお前と俺はトモダチだって感じになれたら最高ですね。

 つい先日、私の学生時代の大先輩でもあり師でもあるジャズトランペット奏者が出演するライブ演奏を山形市で拝聴できる機会に恵まれました。コロナ禍に入る少し前に、一度体を壊されたと聞いていましたのでずっと心配していたのですが、お元気そうな姿を拝見して安心しました。

 こういったプロフェッショナルな演奏を生で聴くこと自体もタイミングを計らなければならない、ましてはセッションやバンド活動で自分自身を試しあい、親しくなった遠方の方々と旧交を温めるといった日常で大切にしていたことを行うこと自体がなかなかにして難しい時代ではあります。それでも来るべき時は必ず来ると思い、その日のための精進は日々変わることなく、これからも続けていくことと思われます。

今月の一枚

高瀬龍一 「Ballads」


 上記で書きました私の師、と書いたら怒られそうな感じもしますが大先輩、日本を代表するジャズトランペット奏者の一人である高瀬龍一さんのアルバムです。これは身びいきでも何でもなく、私が2018年に購入した音楽アルバムの中でのベストバイです。本当におすすめします。この写真の背景は山形県鶴岡市の加茂水族館です。クラゲの水族館ですね。

 北上担当のKでした。この拙い一文へ辿り着いていただきました皆様、最後までありがとうございました。

2022.03.01 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.21

 昨年、晩秋のある日のこと。冬の到来を間近に感じる肌寒い夜、出張から戻ると自宅のリビングがいつも以上に明るく感じます。何の前触れもなく突如として目に飛び込んできた約30センチ幅の水槽の中を見覚えのない華やかな魚たちが泳ぎ回っています。

 以降、週末は毎週のように子どもたちからペットショップ行きをリクエストされ、どこへ出掛けても近場の店に寄っては新しい仲間が増えていきます。まるで長めの英単語を話しているかのようなカタカナの魚の数々。一度耳にしただけではなかなか覚えられない魚の名前を、子どもたちはすらすらと口にします。子どもの頭の柔らかさ、吸収力には日々感嘆させられ羨ましさを覚えます。

 水槽が手狭になった頃にクリスマスを迎え、子どもたちは祖父に大きめの水槽をねだり、サンタクロースにはライトをお願いして現在のアクアテラリウムが完成しました。

 年が明けて間もなく、水槽内に見覚えのない動きを見つけ、目を凝らすと水草に数匹の稚魚を発見します。すぐさまネットを用意して、いつの間にか誕生していた家族の安全を確保。成長を見守ること約1ヵ月、水槽に戻した頃は遠慮深く水草に隠れていた稚魚たちでしたが、すくすく育って今では縦横無尽に水槽内を行き来します。

 生き物を育てるには責任と覚悟が必要になります。子どもたちには餌やりや水換えをはじめいろいろな経験を通じて命を守ることについて学び、何かを感じてくれたらと思っています。

 本日3月を迎え、寒さ厳しい今冬の出口が見えてきました。春になると我が家の軒下にはツバメが飛来して巣作りを始めます。番となってヒナを守り、巣立っていくまでの流れもまた子どもたちには良い勉強になります。春の訪れはもうすぐです。

秋田担当A

2022.02.01 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.20

 青森に引っ越してきて、あっという間に3年が過ぎました。
 毎年来る「冬=雪」。最初の頃は雪なげを楽しんでいたり、休みに入れば長靴で出歩いて買い物をしたりと、これまで経験のないことに新鮮さを感じ楽しかったのですが今では雪を見る度、もーホントにウンザリしてします。
 でも今年は3年間出来なかったことに挑戦しようと思います。

 毎年、大晦日は家に閉じこもりテレビを見るだけで過ごしていましたが、今年は自家用車をもう一台(中古の軽自動車で4輪駆動)購入したので、初めて年をまたいでの初詣に行く事にしました。これまで2駆(FF)でひきこもりだったのですが、思い切って今回は青龍寺に行き昭和大仏を見に行こうかと思っていましたが、意外と雪が多く今回は断念し廣田神社に初詣に行くことにしました。

 23時頃に到着するも出店は1件しか出ていない、参拝する方々も0人。お守りは授与所にあったのですが、「年が変わってから授かったほうがいい」と自分に言い聞かせながら約1時間葛藤していました。そうこうしているうちに時間が立ち、若干場所を間違えた感はありましたが午前0時に近づくにつれて参拝客も多くなり無事に初詣をすることができました。

 あとは友達にお守りをいただくのみ。このお守りに毎日手を合わせて今年を過ごして行こうと思います。

 青森のOでした。

2022.01.05 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.19

 青森Hです。
 皆さん、りんごの種類がどの位あるかご存知でしょうか。世界では約15,000種、日本では約2,000種類、青森県内では約50種類が栽培されていて、その内約40種類が市場に出荷されているそうです。

 小学生の頃、学校からりんごの下敷きをもらい使っておりました。それには世界一、紅玉、国光、スターキング、印度など15種類程度が写真付きで紹介されていました。それが今では、ふじを筆頭にサンふじ、王林、ときなどの主力品種から、聞いたことがないものまで販売されております。道の駅や物産館に行くとその土地で、その時にしか食べることができない珍しい品種を見かけることができます。

 11月下旬、青森県民手帳を購入しました。3、4ページには青森で主に栽培されているりんごの品種が紹介されております。

 余談ですが1、2ページには世界遺産登録された北海道・北東北の縄文遺跡が紹介されております。

 話しをりんごに戻しましょう。
 主力品種のふじとサンふじは、国光×デリシャスの掛け合わせです。シャキシャキした食感で、果汁が多く、甘さと酸味のバランスが取れていると思います。外観の特徴としては赤が大半をしめますが、黄色の縦じまがうっすら入っています。ふじは一個一個丁寧に袋掛けをして育てますが、サンふじは無袋(袋掛けをしない)なので太陽の光をいっぱい浴びて育ち密がはいりやすいそうです。青森県藤崎町の試験場で育成され、昭和37年に命名されました。

ふじ

 テレビで活躍中のりんご娘のリーダー名でおなじみの王林は、青森県で2番目に生産量が多い品種で、ゴールデンデリシャス×印度の掛け合わせです。果汁が豊富で酸味ほとんどなく、甘みと独特の香りがします。外観の特徴は緑黄色で、見た目が爽やかです。福島県の大槻さんが育成し、昭和27年に命名しました。

 同じくりんご娘のメンバーが名乗っているときは、王林×ふじの掛け合わせです。果汁が多く、甘さと酸味のバランスもよく、香りもあります。外観の特徴は黄色で少し赤色が混ざることがあります。五所川原市の土岐さんが育成し、平成16年に品種登録をしました。

 他にも、長野で誕生したシナノゴールド、シナノスイート、群馬で誕生したぐんま名月も美味しいです。

 たまには聞いたことが無いりんごを眺めて、味わってみるのも面白いと思います。以下のホームページで、りんごの紹介をしておりますので興味のある方は、お暇なときにのぞいてみてはいかがでしょうか。

 青森りんご 公式サイト(一社)青森県りんご対策協議会 (https://www.aomori-ringo.or.jp/)

 そして、11月に青森県のニュースで紹介されました「りんごぷよぷよ」というゲームがあります。赤いりんごを消していくゲームですが品種による違いを見分けられないと消せないので、非常に難しいと評判になっておりますので、そちらも試してみてはいかがでしょうか。

以上

2021.12.01 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.18

 北上担当のKです。北上市も最近は朝夕冷え込み、冬の到来間近であることを日々実感させられます。皆様方もお体ご大切にお過ごしください。

 2021年はジャズテナーサックス奏者のジョン・コルトレーン生誕95周年に当たるそうで、「ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン」というドキュメント映画が12月から順次全国公開されます。コルトレーンという名前は私の中では特別でして、ジャズという音楽との出会いが、大学受験期間中に彼のアルバムを偶然聴いたことなので、この若い時分の気まぐれがなかったとしたら、私の個人生活の中で今現在繋がっている方々の大半と出会うことはなかったという事になります。

 今回は手元にある3つのアルバムを紹介することで、チャーリー・パーカーやマイルス・デイビスとスケールを同じくする伝説の巨人の足跡を、ほんの少しだけ辿ってみます。

「COLTRANE」(PRESTAGE盤)

 恐らくはマイルス・デイビスに抜擢されてメインストリームで取り上げられる以前の作品。フロントの共演者の人材に恵まれているとは言い難いが、リズムセクションが一流で固められているおかげで、コルトレーンのサックス奏者としての特性がすでに見て取れる。1曲目の「BAKAI」からは最も語られる特性としての「攻撃性」の萌芽が見て取れ、2曲目の「VIOLETS FOR YOUR FURS」から溢れ出る抒情性を感じることができます。コルトレーンに匹敵するバラード演奏家は存在しますが、コルトレーンを超えるバラード演奏家の名を挙げることは、私には難しいです。

「MY FAVORITE THINGS」

 若き日の私を天国に誘ってくれたアルバムです。見直してみるとオリジナル曲は1曲もなく全曲スタンダードナンバーなのですが、コルトレーンによる新解釈により演奏されており、曲自身のオリジナリティは希薄です。 「シーツ・オブ・ミュージック」と呼ばれる、韻律やスウィング感よりも空間を自分の音で埋め尽くすというスタイルはすでに確立しており、標題曲「MY FAVORITE THINGS」でも存分に発揮されているが、それはただの音律の羅列ではなく全体で一つのリリシズムの結晶として昇華している稀有な一例だと思います。このアルバムに収録されている4曲すべてが文句なく美しい。

「LOVE SUPREME(至上の愛)」

 マイルス・デイビスの黄金クインテットに匹敵するモダンジャズの一つの到達点であり、アメリカ音楽全体における歴史的レコーディング。後進のジャズミュージシャンは当然、カルロス・サンタナやU2などジャンル外のミュージシャンにも多大な影響を与えた。コルトレーンはこのアルバムを発表したのち、アバンギャルド路線を歩むこととなる。

 求道者という呼ばれ方をコルトレーンはよくされますが、インタビューでも「私の人生にはレジャーは存在しなかった。」と語っていたことを 彼のアルバムを聴いているときによく思い出します。そんな時にはこの人をここまで駆り立てたものはなんだったのだろうとつらつらと考えたりもします。
 語りたいことが多すぎて、ここまで短くするのに大変苦労致しました。ジャズについて語ったりすること、聴いたり演奏したりすること、それぞれにあきることはこれからもなさそうです。
冒頭で記載しました「ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン」は来年1月7日に仙台市で公開されます。年を越してからの最初の楽しみなのですが、コロナウイルスよる影響がなければよいがと今から心配しています。

 最後まで拙い文書にお付き合いいただきましてありがとうございました。北上担当のKでした。

2021.11.01 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.17

 フィンランドの小説家であるトーベ・ヤンソンの代表作「ムーミン」―――作品の舞台となるムーミン谷は「緑豊かな、どこよりも美しい谷」と表現され、長閑な時間の中で多くの物語を生んできました。ここ秋田には日本のムーミン谷と形容される場所があるのです。

 秋田と岩手の県境にそびえ、いくつもの火口丘と外輪山が峰を連ねる活火山・秋田駒ヶ岳。北日本一と言われる高山植物の宝庫であり、花の名山としても知られています。紅葉シーズンは「錦秋の秋田駒」と称され、多くの登山者で賑わいます。活火山によって生まれた自然の造形美が錦秋に染まる光景をこの目で見たく、山頂付近の色づきが確認できた本年10月上旬、いざ秋田駒ヶ岳へ―――

 朝6時前、まだ薄暗い8合目登山口駐車場に到着。辺りはガスに覆われているものの、天気予報を信じて身支度を済ませ登山開始。紅葉のピークが過ぎたのか色づいた落葉が敷かれた登山道、その両側に生茂るヤブの露に身体を冷やされながら歩を進めます。歩くこと1時間、阿弥陀池(標高1530m)に到着。霧雨の阿弥陀池は北欧を思わせるような幻想的な風情が漂います。

 最高峰の男女岳(標高1637m)に登頂後、山小屋で朝食をとっていると予報通り晴れ間が見え始め、いよいよカルデラに囲まれた火口丘地帯へ。しかし、気まぐれな秋の空。お目当ての馬場の小路(通称ムーミン谷)に辿り着いた途端に再び天候が崩れ、冷たい雨に遭います。本峰の男岳(標高1623m)を登頂しても天候は回復せず、ガスの切れ間から麓にある田沢湖の一部が見えるのがやっと。さすがに予報が外れることもあるか―――予定を早め男岳の稜線を下りながら、秋雨で冷えた身体を乳頭温泉郷で癒して帰ろうと考えていたその時、それまでの天候がまるで嘘だったかのように空が一挙に晴れ渡り、活火山の女岳、それに寄り添うように並ぶ小岳がその全景を現します。女岳の山肌には50年前の火山活動による溶岩流跡が生々しく残ります。

 天候が良転したことで、急いで谷間へ戻ります。ようやくお目にかかることができた日本のムーミン谷の全景。右手には蜜ヤブのくっきりとした緑色の中に点々と浮かぶ灌木の紅葉、左手には活火山・女岳の溶岩流跡、その間にはゴツゴツとした岩壁―――異なる表情のピークに囲まれながら長閑な時間が流れるムーミン谷は、この登山のハイライトとなりました。

 それからはすっかり晴天に。カルデラを隔てる外輪を登りながら錦秋の秋田駒を満喫します。火口丘とムーミン谷、その奥に田沢湖を望みます。

 2019年の富士登山(エコムジャーナルNo.1ご参照)後、次年以降は北アルプスの山々を目標としましたが、昨年~本年は時世を鑑み近郊の山々の魅力に迫りました。少し気は早いですが、来年はどんな年になるでしょうか。北東北の山々からは初冠雪の便りが聞こえ始めました。11月を迎え、これから日に日に寒さが増します。どうか皆様お身体ご自愛の上、お過ごしください。

 秋田担当A(5回目の投稿)

2021.10.01 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.16

 青森Oです。青森県に引っ越ししてきて早3年が過ぎました。神奈川県にいたときはベランダのプランターでいろいろな野菜を栽培していましたが、青森県に来てから庭で毎年ミニトマトを作っています。

 今年は「こあまちゃん」という品種を植えてみました。昨年、一昨年は「アイコ」「純あま」などを植えていたのですが、思うような味に育てられませんでしたので、今年は少し冒険し「こあまちゃん」と「こあまちゃんオレンジ」にしてみました。
 「こあまちゃん」は甘さと酸味のバランスが良く、食味が良いのが特徴の様です。実際食べてみると味が濃くトマトトマトしていました。「こあまちゃんオレンジ」は甘味がとても強い樹勢が強く、収穫量が多いのが特徴の様です。こちらも食べてみるとかなり甘くトマトの感覚はまるでなくフルーツの様でした。トマトが嫌いな私でも食べられました。
 今年はいいものが出来、自分の腕が上がったものだと思っていたのですが、よくよく調べてみるとカゴメ家庭園芸品種の中で1番人気の品種の様で、コメントには栽培がとにかく簡単、収穫量も多い、初心者におすすめだそうです。

 栽培がとにかく簡単の言葉に少しショックでしたが、実際コメント通り成長がよく 収穫量もかなり多かったです。2000個以上は採れたような気がします。(こあまちゃん1株 こあまちゃんオレンジ2株 中玉トマト1株)
妻が万能ねぎと長ねぎを植えていて(写真右)、今年はトマトとねぎは店で買わずに済みました。来年用に草刈りした草を壁際にまとめていて(写真左)、それが土になり、その土で来年もまたよく育ちそうです。
 家の周りと職場関係にもおすそ分けで配ったのですが、皆さんから甘い美味しいと評判が良かったので来年も同じ品種でいこうと思います。

 これからミニトマト作りをされる方がいらっしゃれば、是非「こあまちゃんオレンジ」をおすすめします。とにかくとにかく栽培が簡単ですので・・・青森のOでした。
           

2021.09.01 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.15

 青森Hです。
 今年の青森、6月は雨が少なく、7月は暑く、オリンピックが終わるとともに大雨となり各地で大きな被害が出ました。全国的にみると大雨、土砂崩れ、河川の氾濫と地球温暖化によると思われる被害が多く出ております。被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。
コロナ禍で1年遅れのオリンピックでは、若手、新種目の選手の活躍により数多くのメダルを獲得、ボランティアの皆様の心遣いで外国人から信頼と感謝を受け取りました。私は何もしていませんが誇らしいです。
一方、コロナに対する警戒感の薄れから感染者が急激に増え、医療現場はひっ迫、ワクチンは不足と、まだまだ平穏な日常には程遠いでので、皆様気を付けましょう。

さて、今回は春からやっている週末の作業についてお話をさせていただきます。
私の住んでいる町内は郊外で、田んぼや畑がたくさんあります。そして、農地や空き地と家屋敷地の境界には風よけに杉の木が植えられ、高さが10m位のものあります。
 今年の2月、自宅裏の空き地とその空き地の向こう側の家との境界にある杉の木が、風によるのか、枝の着雪によるのか倒れてしまいました。
 我が家と裏の空き地の境界にも倒れた木と同じくらいの高さの木があるため、いつ倒れるか危険を感じました。そのため、これ以上高くならないよう頭頂部を切落としたり、風や雪の影響を受けないように枝を切らなければと考え、週末に作業をすることにしました。

 手始めに、屋根の上に覆いかぶさる枝を伐採することにしました。枝の高さまで梯子で上り、安全帯を掛け、足を掛ける長さを残し、枝を鋸で切ります。

 清掃工場で受け入れてくれる枝の太さは10㎝以下です。切り落とした枝には小枝や葉がたくさんついているので、数本集めただけで結構嵩張ります。

 これらの枝を長さ60cm以下にし、紐で束ねるのですが、細い枝は剪定鋏で切り、剪定鋏で切れないものは鋸で切ります。
 古い鋸刃に加え、生の木は水分があり滑りが悪く、固いので切るのが一苦労です。
 後日、新品の鋸刃に変えたら、切りやすくなりました。写真のものは60㎝より少し長いですね。
 紐で束ねるのも嵩張らないよう、一度仮締めし、二度目でキツク締め込みます。

 何度か清掃工場に持ち込みましたが、車に積み込める量は1回で60~100kgです。

 さすがに30℃以上の日にはやる気にならなかったので、涼しくなったら作業回数を増やさなければなりません。しかし、木の本数が多いうえ、梯子は木の高さの半分以下なので全然はかどらないでしょうし、清掃工場に持ち込むために長さを揃え、束ねるのも結構手間なので気が重いです。
 もたもたしていると冬になり、風雪で木が倒れ、家を壊すかもしれません。若くないので、梯子を踏み外し落下する可能性も大いにあります。早々に業者にお願いするのが賢明かもしれないですね。

以上

2021.08.24 | エコムジャーナル

エコムジャーナル 特別号Vol.3

【不思議、2題】

 このセミどこから来たのか
 我が家の玄関前ブロック塀の角にセミがとまっている。すぐに逃げるか思ったら、車から降りてもとまっている。死んでいるとか、脱皮とは考えなかった。そばでよく見ると抜け殻だ。下の道路はコンクリートなのでどこから来たのか全く謎だ。おかしい。まさか裏側からよじ登って来たわけでもないだろう。しかも上から降りてきて体を反転させて脱皮するものだろうか。1週間ほどしがみついていた

 なぜ小豆がここに生えてくるんだろ
 家内の証言ではひと畝にオクラの種を3粒ほど5か所に蒔いたはず、という。芽が出たときに、真ん中が何かおかしい。雑草ではないので水をかけ、そのままにしていたところ、最近になってやっとわかった。小豆だ。どうしてよりによってこんなところに生えてきたのかわからない。黄色い小さな花がいっぱいついている。中秋以降の収穫となるが、オクラの種は小豆と全く違う。謎生えてきたか分らないが来年の種に大事に育てることにしよう。(近藤嘉之)

2021.08.06 | エコムジャーナル

エコムジャーナル 特別号Vol.2

【現代の花形職業】

 7号線本荘からの帰り、道の駅岩城に近づくと2台の風車が見える。手前の風車が今日は止まっている。よく見るとプロペラの先に何か絡んでいるようだ。ビニールではない、なんだろう。車を走らせるとはっきりしてきた。人だ。それも二人だ。横に最接近で見ると、ロープを使ってプロペラの先端を点検しているようだ。こんなシャッターチャンスは滅多にない。車をわき道に止め、スマホで撮った。しかしあいにく天気が良く、画面が全くと言っていいほど反射して見えない。しかも、走って風車のそばに駆け寄ったので手振れがひどく、だめもとで何回か撮った。望遠というのか拡大しても二人の姿は見えない。しかし、運良く写っていた。格好いい!まさに現代の花形職業だ。

 テレビで風車の点検は一度見たことがある。高所恐怖症の私。映像を見ても足がすくむ。40年も前のこと。秋田市の八橋焼却炉(撤去)の煙突補修で頂部の傷みが特にひどいと言われ、おだてると何とかやらで、てっぺんまで登ったことがある。中にいるときはさほどでもないが、高さ50メートルの外に出ると、ゆったりとコンクリートの煙突が揺れていた。今思い出しても気持ちが悪くなる。(近藤嘉之)

2021.08.02 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.14

 岩手県北上市担当のKです。暑中お見舞い申し上げます。
 この文を書いている時点では今年の夏は始まったばかりなのですが、東北においても今年の夏は厳しそうですね。皆様方におかれましても、くれぐれもご健康に留意しつつご自愛頂きたくお願い申し上げます

 今回もまたジャズという音楽にまつわる話をさせて頂きます。よろしければではありますが、少しの時間お付き合いいただけましたら幸いです。

 岩手県一関市には日本一のジャズ喫茶と呼ばれ、全国的にも有名なベイシーというお店があります。その影響もあってなのでしょうか、日本独自の昭和の文化として、残念ながら全国的にはかなり廃れてしまったと言ってもよいジャズ喫茶という文化が、岩手県では比較的健在です。
 岩手県に越してきた当初、若き頃よりジャズ喫茶の薫陶を受け、その巨大スピーカーから発せられる爆音を体に刷り込んで育った私としましては、車で広い岩手県内を運転しつつ夢中になって聖地巡礼したものでした。

 写真は私が巡ったお店のうちの一つで、北上市の隣の奥州市にあるお店です。マスター御自身が設計して建てられたお店との事です。お店に入って見てみるとなるほど、これだけの巨大スピーカーを生かすための(JBLのパラゴンという伝説のスピーカーです)天井高さと奥行き。本当によく考えられていると思いました。
 お店のマスターとは当初あまりお話などはしていませんでしたが、最初にした会話はお店のレコードブース横に置いてあった、委託販売のLPレコードを購入した時だったことを憶えています。

 会計の際に「これ女性ボーカル?」といぶかしげに聞かれて、「これジャズじゃないのだけれど、若かったころによくこのアルバムを聴いていたのです。つい懐かしく連れて帰ることにしました。」と、私の長々しいそのレコードの説明を小さくうなずきながら聞いていただいていたのを思い出します。
 それからマスターとは会計の時などに少し言葉を交わすようになったのですが、昨今のコロナ禍もあり去年の冬からお店を閉められています。休みの日に体が空いていると、再開していないものかとお店に車を走らせますが、現在に至るまで休業状態のままとなって久しい状態です。

リッキー・リー・ジョーンズ 「PIRATES」

 上に書いた、私がお店で買ったレコードアルバムというのがこのアルバムです。
 1980年代の英ポップシーンを代表する女性ボーカルで、このアルバムは2作目のアルバムとなります。この「PIRATES」発表の後、ジャズ方面への傾倒を深めていったことからジャズファンの中でも認知度が高いミュージシャンだと思います。今ライナーノートを見ているのですが、知っている共演者を書き出してみると、スティーヴ・ルカサー/ニール・ラーセン/スティーヴ・ガッド/ドナルド・フェイゲン/ランディ・ブレッカー/デビッド・サンボーン/ヴィクター・フェルドマンetc・・・これはすごい。
 どれも大好きの曲ばかりですが、特に「We Belong Together」と「A Lucky Guy」は名演だと思います。YOUTUBEで検索していただけましたら、聴くことができると思いますので、よろしければではありますが、お試しいただければと思います。

 たとえそれが小さいものではあったとしても、大事にしていた日常の一コマを失いことなく、一日も早く取り戻す日が来ることを願ってやみません。

 北上市担当のKでした。ここまでお読みいただきましてありがとうございます。

2021.07.01 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.13

 ドラゴン―――不思議なボールを集めないと目にすることができないと思っていました。長いようで短い4ヵ月、4度目の投稿となります秋田担当Aです。

 秋田と岩手の県境にそびえる日本百名山のひとつ八幡平。雪の回廊と言われるアスピーテラインでご存知な方も多いと思いますが、近年ある自然現象が賑わいを呼んでいます。
 山頂付近にある鏡沼―――冬の間に降り積もった雪が、春になると周辺部と中心部が雪解けすることで沼がドーナツ状になります。そこに陽の光・空の色など自然条件が重なった時、鏡沼が龍の瞳のように見えることから「ドラゴンアイ」と呼ばれており、毎年5月下旬から6月上旬の限られた時期に見ることができる神秘的な光景です。中心部の雪解けが進み「開眼」の知らせを聞いた某年6月上旬、いざ八幡平へ―――

 午前中に近くにある秋田焼山の登山を終え、昼前に八幡平山頂レストハウス駐車場に到着。十和田八幡平国立公園内に位置する山を1日で続けざまに登るダブルヘッダー登山ですが、八幡平は山頂レストハウス駐車場から約30分のハイキング感覚で登頂できます。
そしてお目当ての鏡沼は登山口から10分ほど歩いたところにあります。ようやくお目にかかることができたドラゴンアイ。しかし、この年は淵の雪がせり上がり、ひび割れもあって例年とは違った瞳を見ることができました。

 どうやら5月中旬の大雨の影響を受けて水位が上昇して水面が雪を押し上げ、開眼前に形が崩れてしまったようです。自然の造形物であるドラゴンアイ。その年の積雪量や気温変化など、気象条件によってその姿が変わります。

 画像2枚目は別の年のドラゴンアイです。※秋田県公式サイトより

 2座目の登頂を達成した安堵感から、山頂で腹ごしらえ。晴れの日は山頂展望台から岩手山・鳥海山・月山まで一望できるそうですが、この日は南東の岩手山のみ見ることができました。山頂で自然の景観を楽しみながらドリップして飲むコーヒーは、登山の疲れを癒してくれます。

 さて、エコムジャーナルは今回の投稿より2年目に突入しました。現状は少数精鋭の持ち回りで担当しておりますが、それぞれの個性あり、特別号もあり、これからも読み応えある投稿の継続に努めて参ります。ますますのご愛読、よろしくお願いいたします。

2021.06.01 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.12

 久々の投稿になります、青森のOです。
 今年初めに体を壊し入院してしまい、このエコムジャーナルも書くことが出来ず、順番で投稿している方々にご迷惑おかけしてしまい大変申し訳ございませんでした。このまま当分の間、投稿は無いと思いきや秋田のAさんより「次、順番ですよ」と引導渡され少し具合がわるくなった感じがします。

 先日、八戸市にある櫛引八幡宮(くしひき)に行った友人からお守りをもらいました。人からお守りをもらったのは初めてかもしれません。普段は神頼み等興味がなく、初詣に行ってもお守りを買うこともない私が友人からお守りをもらい、毎日手を合わせています。
 友人いわく「やらないよりかはやった方が悪い方には行かないかもしれない」と言われ、病気にかかり体がボロボロになった今、その言葉がきいています。「やらないよりかはやった方が・・・」なんだか情けない感じですが、何かにすがり希望をもつことに意味があると実感しています。

 何気に櫛引八幡宮を調べたところ、病厄除けのご利益が有名なところではなく「勝負運」「安産」のご利益で有名なところの様です・・・病との勝負に勝つという意味でもらったのでしょうか。男の私には、後者はかなり無理がある様に思えます。
 ちなみに病厄除のご利益で有名なのは青森市にある廣田神社の様です。自宅から近くて行きやすいところですので、今度はこちらのお守りを友人にリクエストしようと思います。
 私以上に私の体を心配してくれる友人に感謝をしている青森のOでした。

2021.05.06 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.11

 青森Hです。
今年の青森の冬は寒いうえ雪が降る日が続き大変でしたが、いつもより早く桜が咲きました。一部を除いては桜まつりが今年も中止となり残念な限りです。
オリンピックの聖火ランナーは走っているものの、開催されるものかどうか、コロナウイルスには困ったものですね。医療崩壊にならないよう気を付けましょう。

 今回は、これまで出会った人から影響を受けたことについて書かせていただきます。

 Kさんはパチンコ、ゴルフ、ギター、釣り、カラオケ、お酒と趣味が多い方です。話題はたくさんあると思いますが、営業先のひな壇の皆様の前では、挨拶の後固い話をし、突然無口になるのです。隣にいる自分は間が持たないと思い、冷や冷やしながら様子を窺っていると、沈黙に耐えられなくなったお客様が「そう言えば、・・・」と、重要な話しをしてくれたものです。Kさんにしか出来ない沈黙の営業を何度も見せてもらいました。自分では到底出来ない技です。ちなみにKさんは、会社で初となる案件をよく受注していたので「初物のKさん」と呼ばれておりました。
 夜、そのKさんと飲み屋さんに行くのですが、飲み屋さんに行く道すがら花やプリンなどを飲み屋さんのお土産としてよく買って行きました。高価なものではないですが、お店の人は喜んでいました。お店の人に対する気遣いと楽しい飲
み方を見させてもらいました。仕事を引退して数年経ちますが、いまだにお店の人から「元気かな?」と聞かれます。

 Sさんはバイタリティーがある方で、ある製品の開拓営業を少しお手伝いさせていただきました。私がリストアップした会社に飛び込み営業をしたのですが、挨拶をするやいなや「メーカーの努力不足だから国の制度が変わらず、この業界は大変なんだ」と、立たされたまま苦言をいただきました。それでも、次から次へと飛び込み、県内情報や業界情報を聞いて回りました。ビジネスマンの逞しさを見させていただきました。
いろいろな人と交流があり、面倒見がよく、人望が厚かったこともあり、関係会社の取りまとめ役を任されたりしておりました。人脈の大切さ、信頼関係の作り方も勉強させていただきました。

 Oさんは仕事と趣味をバランスよくする人で、歴史とお酒と温泉が大好きな方です。車移動の途中、城跡があると車を停め石垣や地形をじっくり観察し、銭湯のような温泉を見つけると、10分で入浴し温泉成分を記録していました。
 宿泊となると、出来る限り温泉宿に泊り、お酒をたしなみながら何度も温泉につかっていました。それまで私はあまり温泉に興味が無かったのですが、Oさんと一緒に仕事をするようになって興味がわき、その雑学が資格試験に役立ちました。
 温泉に入ると、色、肌触り、味を確認し成分を推理していました。そして、温泉のうんちくを聞かせてくれました。

 御存知の方も多いと思いますが、少し紹介させていただきます。
 石鹸が泡立たないのは、酸性の温泉とアルカリ性の石鹸が中和反応を起こすためです。だから酸性の温泉には石鹸ではなく中性のボディソープを置いています。
 美人の湯と言われるのはアルカリ性の温泉で、肌の表面を少し溶かし整えるとか。聞いたことがあると思いますが、苛性(かせい)ソーダという薬品はアルカリ性です。そして、「苛性」の言葉の意味は、簡単に言うと、肌(タンパク質)を溶かす(分解する)ということのようです。
 硫黄泉のイメージは乳白色だと思いますが、実は湧き出たときは透明のようです。空気に触れ酸化されていくと段々白く濁るそうで、更に酸化され水分が減ると硫黄などの温泉成分が析出し「湯の花」になるとか。

 テレビで見ましたが、確かに草津温泉の湯畑は、お湯を浅い水路で長く空気に触れるように流し「湯の花」を作っていました。

 これからもいろいろな人と出会うと思いますので、いろいろ学ばせていただきます。

おわり

2021.04.01 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.10

 1月の終わりごろだったと思いますが、所属しているフルバンドのバンドマスターからサポート演奏の依頼がありました。2月の終わりに沿岸の方でイベントがあって、そこに出演するビッグバンドで人手が足りないのでサポートにいってくれないか?というのです。
 どうやら震災10周年の関連イベントらしいのですが、あいにく出演する相手方のビッグバンドが人手不足でトランペットセクションにあと2人必要とのことで、こちらに援助依頼が来たようです。まだ岩手県での他バンドなどジャズプレーヤーとの繋がりが薄いので、同好の士を得る良い機会だと考え参加することにしました。

 当日の2週間くらい前であったでしょうか、バンドマスターが「NHKの取材が来るらしいよ」とポロリと一言漏らしたのを聞き逃しませんでしたが、その時はああローカルニュースの取材が入るのだとあまり気にも留めなかったのです。

 当日朝、会場の陸前高田市に向かう途中で立ち寄った朝日を浴びた大船渡の海は静かで眩しく、空気は内陸部とは違い春を想わせるほど暖かでした。

 他のサポートメンバーと合流して今回の現場である奇跡の一本松ホールに到着。このホールは去年の暮れにオープンしたばかりの新しいホールで、大きさもコンパクトで天井も高く、自分たちのようなアコースティック音楽をやるにはとても丁度良いステージです。サポートメンバーの面々と「音抜けよさそうだし、ビッグバンドだったらPA(音響装置)はいらないんじゃ?」などと舞台袖で雑談していたところ、大船渡のビッグバンドのバンマスが挨拶に来られたのですが、後ろにテレビカメラとでっかいマイクを持ったNHKのスタッフを引き連れている。その時は、もう収録始まっているのかと不思議に思っていたのです。
 が、バンマスの説明によると、
① イベントではなくて震災10年特集番組の1コーナーになっているドキュメ ンタリー収録である。
② 全国放送の音楽番組である。総合司会は渡辺謙さん。
③ 私たちの任務は平原綾香さんとボブ・ジェームスさんのリモート演奏におけるバックバンドである。
④ 最後に渡辺貞夫さんのリモート演奏のバックで「花は咲く」を唱和。

 セッティング済みのステージに既に設置してある、譜面台に1本1本セットされている高価そうな集音マイクを、バンマスの説明を聞いた後に見つけたところでようやく認識しました。「これはシリアスなやつだ。」
 音響装置で収録した音量を調節するので、音の大きさなどは問われることは少ないかもしれないけど、ピッチ(音程)やアンサンブルタテの細かい部分までかなり厳しいところを要求されることを覚悟しなくてはならない、といいますか昔知人のトランペット吹きからNHKさんの収録は厳しいって話をしていたのを今さらながら思い出していました。

 そこからの動きとしては、場所を変えてのセクション練習の後にステージでのリハーサルで午前中を終え、午後から収録という流れでしたが、四六時中カメラが付いてきていまして落ち着かなかったです。仕方のないこととは十分に承知しているのですが、私が個人でおさらいしているところにカメラとでっかいマイクを至近距離にて向けられて、カメラマンの方に「吹きにくいですかー?」と振られた時はもはや苦笑するしかありませんでした。

 収録は1曲だけだったのですが、その内容は結局3時間6テイクにも及びました。1つ1つの収録の中で自分が出来なかったことというのは自分自身がよく分かりますので、1回の収録後にプロデュース担当の方に心当たりを指摘されると、さすがに申し訳なく思います。サポートが足を引っ張ってはさすがにまずいですから。

 それでも何とかOKをもらう事が出来てほっとしていた矢先、NHKのスタッフの方から今度は一人ずつ自己紹介を収録するとの事で、すぐに自己紹介が始り多くの方が震災にまつわる想いと今回の収録に対する意気込みを兼ねて短く語られていました。私が陸前高田市に初めて伺ったのがちょうど1年ほど前でした。当時はさすがに瓦礫や破壊の痕跡は跡形もなく消えていましたが、箱物の施設以外は未だ何も戻らない地の真ん中に立った時、その破壊のあまりの広大さを感じて慄然とした思いを持ったことを憶えています。
 そうこうしているうちに私の順番が回ってきました。この手の人前での一人語りが大の苦手である私なので、ドキドキを通り越してかなり目が泳いでいたと思いますが、自分なりに正直な気持ちを口にしたつもりです。「まだお会いしたことのない岩手のジャズプレーヤーの方と一緒にプレイできることを本当に楽しみにやってきました。」私自身もほんの微細ではあるにしても、取るに足らないながらも岩手の方に少しでも好ましい変化でありたい、という気持ちをそこに込めました。

 今回のサポート演奏について私が選ばれたのは、所属バンドのバンドマスターの推薦だと大船渡のバンドマスターから聞きました。それもあって北上市に戻ってからこちらのバンドマスターにメールで報告を入れたところ、返信に「他のバンドのメンバーと交流できてよかった」とありました。随分と私に気配りをしていただいたのだなと感謝した次第です。

 岩手県北上担当のKでした。御拝読いただきありがとうございました。

2021.03.01 | エコムジャーナル

エコムジャーナル No.9

 2年前の春先は、土日を迎えると地元の街中を奔走していました。長いようで短い4ヶ月、3度目の投稿となります秋田担当Aです。

 平成30年の晩秋、中学2年時にクラスメイトになってから四半世紀に渡って交流のなかった同級生が我が家を訪ね、「厄年祓・年祝祭の実行委員メンバーに」と思いがけない声を掛けてくれました。

 厄年祓・年祝祭とは、地元の4地区で厄年を迎えた方々(数え61歳の男女・42歳の男性・33歳の女性)が神社で揃ってお祓いを受けると同時に、白寿・米寿・喜寿の年祝を迎えた男女も一堂に会し、6世代の出席者で今後の人生の多幸を祈願する地元の伝統的な大祭です。毎年GW前半に開催していますが、おそらく全国的にほとんど類のないスタイルでしょう。

 この大祭の運営を42歳が務めるのが習わしとなっており、開催の約半年前に1学年先輩(前年の実行委員)から引き継ぎを受けて、開催に向けた段取りを進めます。

 まずは出席者の確認からスタートです。各世代の代表者へ開催要項を伝えて呼び掛けしていただくとともに、4地区にある39町内会長を訪ねて開催案内を町内回覧していただくよう依頼します。そして、同期生へは案内状を発送して出席者を募り、開催の約2ヵ月前となる3月初旬に大体の出席人数が決まります。

 人数が決まれば、次は式典・直会の段取りに入ります。印刷屋にプログラムや席札の製作オーダー、集合写真の撮影に備えて写真屋と打ち合わせ、直会での折箱・飲み物・御神酒・記念品の手配など、できるだけ地域の活性に貢献しようと地元の個人商店あるいは地元に縁のある会社にお願いに歩きます。

 そんな中、ひとつ問題が発生します。先輩方から引き継いだ準備リストに載っている「餅」について、前年まで利用していた地元の和菓子屋が店を畳んでしまったため、それまで「毎年の」と注文していた餅の姿・形が迷宮入り。諸先輩に聞くと、「あんこ入りでねがったが?」「祝事だから紅白だべ?」「鶴の子だったような…」「いや、豆入ってだはずだ」と色とりどり。根強く確認していくと、式典で餅まきに使う直径5センチ程の白い生餅であることがわかり、全員に渡るよう出席者分の個数を用意して一件落着。

 幼少の頃、地元には4~5店の和菓子屋がありましたが、唯一のお店が平成の終わりとともに商売の歴史に幕を閉じました。それぞれのお店に名菓があり、幼少の頃の思い出の味でもあります。大祭が脈々と引き継がれていく一方で、時の流れとはいえ地元の味を次世代に伝えられないことに寂しさを感じた出来事でもありました。

 当日は晴天に恵まれ、集合写真は屋外にて全員で撮影することができました。(雨天時は神殿で2~3組に分かれて撮影します。)式典では120人の出席者が生餅を片手にお祓いを済ませ、直会では世代を越えて酌を交わします。開催にあたって多くの方々から温かいご支援をいただいたお陰もあり、平成最後の厄年祓・年祝祭は賑やかな時間を過ごしながら締め括ることができました。

平成31年4月29日 秋田魁新報より

 大祭後日、実行委員は額の制作を進めます。人ひとりでは持てない大きさの木製の額をやはり地元の建具屋へ依頼し、出席者全員の名前と当日撮影した集合写真を載せた板を額に入れ、6月下旬に神社へ奉納します。神社の神殿には過去19年分の額が飾られています。新しい額が納められると最も古い額(還暦を迎えた世代が42歳の厄年祓で納めた額)と入れ替わる仕組みです。つまり、私たちが納めた額は令和20年の開催をもって取り外されますが、その年に還暦として出席するのが私たちの世代となります。

 額の奉納も終えて秋口を迎えた頃、1学年後輩(翌年の実行委員)に引き継ぎを行い、およそ1年に渡る実行委員の務めは終わります。大正15年にはじまったと言われる地元の伝統的な大祭は、こうして脈々と引き継がれています。しかし、昨年(令和2年)の第95回は状況を鑑みて、やむなく中止となりました。

 これからの実行委員は時世に応じた様式を模索しながら、開催を検討していくことになるでしょう。我慢の時期が続きますが、節目となる4年後の第100回開催を盛大に迎えられるとともに令和以降の世代にも引き継がれ、生まれ育った地元の活性に繋がっていくことを願っております。

2021.02.19 | エコムジャーナル

エコムジャーナル 特別号Vol.1

【しが(すが)】

 朝新聞を取りに郵便受けまで外に出る。珍しくバケツに氷が張っていた。こぶしで軽く突いたが割れない。ひしゃくもがっちりと固まっている。そう言えばこの数日寒かった。バケツをひっくり返しておけば傷まないのにと思いながら無精者はまたもそのままにしておいた。

 子供のころ、朝起きて洗面器に『あるかなきかの薄い氷*』が張っていることがよくあった。そっと指を触れれば、カサカサと弱い音を立てて割れてしまう。湯を入れると“さっ”となくなる。大人になってこの氷を「薄氷」(うすらい)と呼ぶことを知った。「うすらい」は文字通り薄い氷だが、昭和30年代後半だったろうか、八郎潟残存湖でワカサギ釣りをしていた氷がよく割れ、その救出劇が度々ニュースになった。新聞にほっかぶりの古老が祈りにも似た姿で沖を見つめ、立ち尽くす姿があった。昔から『危険なことをたとえて薄氷を踏むというが、薄氷はハクヒョウであってうすらいとは言わない。*』

 冬の漬物に、「なたづけがっこ」がある。私は漬かり過ぎのあめ色になったものが大好物だ。今は現代流「なたづけがっこ」をいただく。子供の時分、母親が桶の「しが」(氷)を割ってどんぶりに盛っていた。今も口元の冷たさが忘れられない。(HD近藤嘉之)

*ことばの歳時記より うすらい 金田一春彦 新潮出版