2021.02.19 | エコムジャーナル

エコムジャーナル 特別号Vol.1

【しが(すが)】

 朝新聞を取りに郵便受けまで外に出る。珍しくバケツに氷が張っていた。こぶしで軽く突いたが割れない。ひしゃくもがっちりと固まっている。そう言えばこの数日寒かった。バケツをひっくり返しておけば傷まないのにと思いながら無精者はまたもそのままにしておいた。

 子供のころ、朝起きて洗面器に『あるかなきかの薄い氷*』が張っていることがよくあった。そっと指を触れれば、カサカサと弱い音を立てて割れてしまう。湯を入れると“さっ”となくなる。大人になってこの氷を「薄氷」(うすらい)と呼ぶことを知った。「うすらい」は文字通り薄い氷だが、昭和30年代後半だったろうか、八郎潟残存湖でワカサギ釣りをしていた氷がよく割れ、その救出劇が度々ニュースになった。新聞にほっかぶりの古老が祈りにも似た姿で沖を見つめ、立ち尽くす姿があった。昔から『危険なことをたとえて薄氷を踏むというが、薄氷はハクヒョウであってうすらいとは言わない。*』

 冬の漬物に、「なたづけがっこ」がある。私は漬かり過ぎのあめ色になったものが大好物だ。今は現代流「なたづけがっこ」をいただく。子供の時分、母親が桶の「しが」(氷)を割ってどんぶりに盛っていた。今も口元の冷たさが忘れられない。(HD近藤嘉之)

*ことばの歳時記より うすらい 金田一春彦 新潮出版