社長だより vol.129
今日から12月、2025年も残り1ヵ月となりました。今年は季節性インフルエンザの感染拡大が早まっています。そして“急性呼吸器感染症(咳、喉頭痛、呼吸困難、鼻汁、鼻閉のどれか1つの症状を呈し、発症から10日以内の急性的な症状であり、かつ医師が感染症を疑う外来症例)”の感染も増加しています。更にはお酒を嗜む機会が増える時期でもあります。皆さん是非とも体調管理には十分に注意をして、2025年残りの1ヶ月を楽しく過ごしていきましょう!
今月は最近読んだビジネス誌の中から『稲森和夫が人生で最も大事にしていたこと』をご紹介したいと思います。勿論「稲森和夫さん」は皆さんご存じだと思います。京セラの創業者として、様々な企業再建の功労者として、そして「盛和塾」という勉強会を主宰し企業経営者に稲森哲学“フィロソフィ”を語り諭した方として、誰もが知っている“経営の神様”と称された大変素晴らしい企業家(起業家)です。2022年8月に惜しまれつつも90歳で亡くなられました。
そんな素晴らしい人物が“最も大事にしていたこと”とは?と気になり読み進めた記事を抜粋にはなりますが、以下に記します。
一冊の本を座右に置き、事あるごとに手に取っては反芻(はんすう)する。そんな読み方を一途に貫いたのは京セラ創業者、稲森和夫さん(1932~2022)である。選んだ一冊は、幕末の西郷隆盛の思想や教えを41カ条にまとめた『西郷南洲翁遺訓(さいごうなんしゅうおういくん)』(南洲は西郷の雅号)。あたかも「お守り」のようにそれはいつも稲森さんの肌身にあり、進むべき道を指し導くものだった。
( ~ 中略 ~ )
自分は研究好きな一介の技術者であって、経営など勉強したことはないし、経営者としての経験もない。一体全体、どう物事を判断すればいいのか。迷いに迷い、悩んで悩み抜いて稲森さんが出した結論は「人間として正しいこと」を判断基準にするということだった。稲森さんは後にこう振り返っている。「それは子供の頃、父親や小学校の先生から教わったことでした。経営術を知らない私は、そんなプリミティブ(意味:原始的、根源的、基本的)な道徳観、倫理観しか持ち合わせていなかったのです」。小賢しい策謀や付け焼刃の経営術を弄することなく人としての正道を進むという稲森さんの経営哲学の端緒は極限的な苦悩の中で開かれたものだった。『南洲翁遺訓』との出会いは会社創業から10年くらい経った時に訪れた。
( ~ 中略 ~ )
遠路はるばる山形からの客人が『南洲翁遺訓』を稲森さんに手渡すことになった。稲森さんは無我夢中で41カ条を一気に読み切ったという。そして「プリミティブな道徳観を大切にして経営に活かすという自分の考えは間違っていなかった」という確信を得る。南洲の人生哲学と稲森さんの経営哲学とがピタリと重なり合った瞬間だ。
( ~ 中略 ~ )
自分はどう頑張っても聖人君子にはなれないという中小企業経営者もいた。確かに西郷の遺訓や稲森さんの話には「心」の話が多い。きれいな心、素直な心、純粋な心、利他の心、無私の心、心を高める、志をたてよ、策略を弄するな、人間として正しいことをせよ、、、。稲森さんが編み出した人生の方程式『人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力』によれば、どんなに能力が高くても考え方(心のありよう)が悪ければ結果はマイナスに反転してしまう。
( ~ 中略 ~ )
稲森さんはよく「天国と地獄」の逸話を話した。大きな窯でうどんを茹でている。周りを2mほどの長い箸をもった人たちが取り囲む。地獄ではうどんを箸でつかんでも食べられず怒った連中がお互いに箸で突き合い血みどろの修羅場と化す。一方天国ではうどんを箸でつかんだ人が反対側の人に食べさせてあげ、皆がおなか一杯になる。天国と地獄の境目は人の心の中にある。心の持ちよう次第で行き先は簡単に変わってしまう。
( ~ 中略 ~ )
稲森さんは晩年、世相の乱れ、企業の不祥事、官僚や政治家の不正、人命を奪う大事故の続発を憂い、この国の先行きを案じていた。コーポレートガバナンス(企業統治)、コンプライアンス(法令順守)の強化が叫ばれ、様々な規則、規制が作られたが、泥縄的な対症療法であり、本質的な解決ではないと断じた。本当の問題は、世のリーダーたちがよって立つ「正しい哲学」が見失われてしまったことにあるとし、「欲を離れる」という西郷の言葉を引きながらひときわ熱を込めて語った。
『現代の世相が乱れているのは、すべて欲が多すぎるために起こっているのです。細かいルールや規則をたくさん作っても不正、事件、事故が減らないのは、人間が欲の塊だからです。しかし、みんなが欲を少しずつ削れば、自分がほんの少しだけ損すること覚悟すれば、他人に少し譲る勇気さえあれば、すべてのことがうまくいくんです。たった一点なんですよ』。
(抜粋の仕方が上手ではなく、理解出来ないかもしれません。大変申し訳ございません。)
皆さんは今回ご紹介した「稲森和夫さん」の考え方や言葉に何を思い、何を考えましたか?
私には“座右の書”はありません。それなりに本や雑誌を購読していますが、事あるごとに手に取り読み返すなど全くありません。どちらかといえば読みきった事に満足している自分なので、今後は「進むべき道を指し導くものか?」と自問自答しながら本や雑誌を読もうと思います。
(ポジティブに考えれば、まだ“座右の書”に出会えていないかもしれませんね!)
それから改めて「稲森和夫さん」の素晴らしさ、偉大さを感じました。「利他の心」などは以前から知っていましたが「人間として正しいことが判断基準」「プリミティブな道徳観、倫理観」や「天国と地獄の逸話」など、当り前の事で理解する事は出来ますが、現実的に実行するのは非常に難しいですよね。自分がどう頑張れば、稲森和夫さんのような、聖人君子のような人間になれるのか?まだまだ勉強と努力が必要ですね。(勉強と努力を重ねても、なれるわけではありませんよね。)
そして「細かいルールや規則をたくさん作っても意味がなく、欲を削り、損を覚悟し、譲る勇気があれば、すべてがうまくいく」との言葉には非常に考えさせられました。私自身、会社で規則やルールを見直したり新たに作ったり、マニュアル化を進めたりしています。それは決して悪い事ではないかもしれませんが、本当に大切なのは根底にある“理念”だと気付かされました。今後は「欲を削り、損を覚悟し、譲る勇気」を念頭に色々と考え、行動しようと思います。
余談になりますが、、、
今回の記事を読み終えてすぐに『西郷南洲翁遺訓』をポチって購入しました。自宅に届き、読もうと開いてみると一行目から「廟堂に立ちて大政を爲すは天道を行ふものなれば、些とも私を挾みては濟まぬもの也」。私には難しすぎて理解出来ません。少し時間が掛かっても現代語等に訳された『西郷南洲翁遺訓』を探してみます!
長いようで短い1ヵ月。又1ヵ月後に更新致しますので、お付き合いを宜しくお願い致します。
令和7年12月
