2025年10月の記事一覧
第117回投稿 事務美貌録 10月号
先月の「な」さんからバトンを受け、
8月の終わりに1泊2日で大阪に行きました。今回の目的は、大阪・関西万博。来場日時を指定してチケットを購入、パビリオンの事前予約をし、PayPayへのチャージと準備万端。いざ万博へ。
世界ギネスに登録された万博のシンボルの大屋根リング。

実際にみるとその大きさと技術に圧倒されます。当初は万博終了後に解体される予定でしたが、一部が保存される事になったとの事。また訪れてみたいです。

夜の万博はパビリオンも大屋根リングもライトアップされ、又、ドローンショーや花火の打ち上げ、プロジェクションマッピング等、とても綺麗でした。
もちろん公式キャラクター「ミャクミャク」の写真も忘れずに。

発表当初はあまり人気のなかった「ミャクミャク」ですが、今では爆発的人気となりグッズの販売期限も延長されたとか・・・私もその可愛さの虜になり、春にオンラインでさくらミャクミャクを購入、当日会場ではミャクミャクぬいぐるみくじをひきました。
そして各パビリオンにはスタンプがあり自作のスタンプ帳に押印。
それぞれでデザインが違うため、スタンプを集めるのが楽しく、途中からはスタンプ押印が目的になったような・・・

「な」さん情報によると、国旗と国名のシールを貼ってオリジナルスタンプ帳に仕上げるのがおススメだとか。
まだまだ、楽しかった事・おいしかったもの等書きたい事はたくさんあるのですが、そろそろ締めたいと思います。
今回初めて万博に行きましたが、とても楽しかったです。ただ大阪はとても暑く、体力の限界で予定より早く帰路につきました。2027年には横浜で国際園芸博覧会が開催されるそうです。今度は暑くない時期に行きたい「さ」でした。
社長だより vol.127
早いもので今年も残り3ヶ月、10月になりました。暦の上では“秋”で朝晩は非常に肌寒くなりましたし、いわゆる季節の変わり目なので、体調管理に十分に注意をして日々お過ごし下さい。
そして“スポーツ”“食欲”“読書”“芸術”など沢山の「〇〇の秋」を楽しんでいきましょう!!!
今月も私が最近購入した書籍を紹介したいと思います。タイトルが『心配事の9割は起こらない』という枡野敏明さんの著作になります。本屋で、まずタイトルが気になり、手に取り中を見てみると『はじめに、、、余計な不安や悩みを抱えないように、他人の価値観に振り回されないように、無駄なものをそぎ落として、限りなくシンプルに生きる!それが、この本で私がいいたいことです。』と書かれてあり、この言葉に惹かれて即決で購入しました。又、著者の枡野敏明さんは曹洞宗徳雄山建功寺の住職であり、読み進めていくと禅の教えが度々登場するのですが、普段聞く機会がないので面白いと感じられる部分や考えさせられる事が多々ありました。
今回は非常に考えさせられた「“妄想しない”禅が教える“比べない生き方”」全文を以下にご紹介致します。(抜粋すると意味が分からなくなりそうなので、長文ですがお付合い下さい。)
「莫妄想(まくもうぞう)」という禅語があります。その意味は「妄想することなかれ」ということ。妄想というと、みなさんは、ありもしないことをあれこれ想像することだと思っているかもしれません。しかし、禅でいう妄想は、もっともっと広く深い意味を含んでいます。
“心を縛るもの”“心に棲みついて離れないもの”は、すべて「妄想」です。「あれが欲しい」という我欲も、「これを手放したくない」という執着も妄想です。他人がうらやましいという気持ちも、自分はダメだという思いも、実はすべて妄想なのです。
もちろん、心をとらえるあらゆる妄想を断ち切って、いっさいの妄想と無縁で生きる、なんていうことはできません。それは仏の境地。人間である限り、心のどこかに妄想があって致し方なし、なのです。
ですから大切なのは「妄想」をできるだけ減らしていくということ。これは誰にでもできることなのです。そのために必要なのが、妄想の「正体」を見きわめることではないでしょうか。
孫子に「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」という有名な言葉がありますが、まず、敵を知らなければ、それとどう向き合ったらいいのか、その手立ても見えてきません。
妄想を生み出しているもっとも根源にあるものはなにか。それは、ものごとを「対立的」にとらえる考え方です。たとえば、「生・死」「勝・負」「美・醜」「貧・富」「損・得」「好き・嫌い」といった分別をしてしまうことです。「生」に対立するものとして「死」を考え、両者を比較して生は尊くて、死は儚いなどという受け止め方をしてしまうわけです。
「あいつはいいな。自分はなんて運が悪いんだ」
「なぜ、自分は損ばっかりしているのに彼女はいつも得をしているのだろう」
一事が万事です。なにかにつけて、他人をうらやむ気持ちや自分を嘆く思いが、ムクムクと頭をもたげてきて、そのことに心がとらわれてしまうのです。まさしく、まわりに振り回されている姿、妄想にがんじがらめにされている姿といっていいでしょう。
しかし、考えてみて下さい。「比較」することに、なにか意味があるのでしょうか。「悟れば好悪(こうお)無し」という禅語があります。人間関係に引き寄せてその意味をいえば、他の人がどうであろうと、あるがままを認めたら、好きとか嫌いとか(自分に比べて相手が上とか下とか、、、)といった感情に流されることはない、ということでしょう。
日本における曹洞宗の開祖・道元禅師も「他(た)は是(こ)れ吾(われ)にあらず」といっています。他人のしたことは、自分のしたことにならない、と教えています。他人が努力したことで、自分が向上することはありません。向上するためには自分が努力するしかないのです。
禅ではどんなものも、どんな人も、他とは比べようがない「絶対」の存在とします。あなたもそうですし、他人もそうです。「比べようがない」のです。比べようがないものを比べようとするから、余計なことや無駄なものがまとわりついてしまい、不安や悩み、心配事が増えるのです。比較することをやめたら、そう、妄想の九割は消えてなくなります。心はずっと軽くなります。生きるのがずっとラクになります。
「莫妄想(まくもうぞう)」
この言葉を折に触れて思い出してください。この教えは「比較なんかしないで、絶対の自分を信じて生きよ!」という、あなたへのエールです。
私が能力不足で抜粋が出来なくて全文を記載しましたが、皆さんは何を思い、何を考えましたか?
私は“心を縛るもの”“心に棲みついて離れないもの”“我欲”“執着”“うらやましい気持ち”“ダメだという思い”など全てが『妄想』だという事に驚きました。私自身、、、妄想だらけです。反省します。
そしてその『妄想』を出来るだけ減らす事が“限りなくシンプルに生きる事”との考えに共感を覚えました。少し本質から離れるかもしれませんが“考えすぎは良くない!”って事ですよね。
又、妄想の根源が『対立的にとらえる考え方』『比較する事』であるとの教えに、なるほどと思いました。『比較することに意味がない』とは、理解は出来ますが実行するのは難しいかもしれません。
更には『どんなものでも、どんな人でも、他とは比べようがない「絶対」の存在とします』との考え方には再び共感しました。どんな人でも自分と全く同じ人生を生きてきたり、教えられたり、考えたりしていない訳ですから、同じ土俵にあがれませんよね。正に文中にもあった『比べようがない』ですよね。
今回、禅の教えに関連した書籍を紹介しましたが、世の中には他にも沢山の教えや考え方があると思います。私は沢山の教えや考え方を知る事は良い事だと考えています。大切なのは沢山知った教えや考え方を自分自身で取捨選択して、絶対である“自分の考え方(ポリシー)”をしっかり構築する事ではないでしょうか。今回、改めて気付いた良い機会となりました。
文末にある『比較なんかしないで、絶対の自分を信じて生きよ!』なんだか元気が出ませんか!
長いようで短い1ヵ月。又1ヵ月後に更新致しますので、お付き合いを宜しくお願い致します。
