秋田東北商事株式会社

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カテゴリー : 社長だより
2013.07.29 | 社長だより

社長だより vol.3

【不思議な縁】

 由利本荘市で製材業を営む親戚から、“奥の集落にある旧家、頼まれてつぶすことになった。下見に行ったら座敷の襖に字が書いてある。みるんだったら案内するよ”と、金曜の寝る前に電話があった。

襖の書

 もしかして、手の込んだ古い建具があるかもしれない。矢も楯もなく翌日朝に電話の主の先導で取り壊す家に行ってみた。外観はどうということもない。気落ちしながら低い軒をくぐり座敷に入った。薄暗く布団や雑多なものがちらばり、畳もところどころ落ちているところもあり、黴臭く薄気味悪い。“これなんだけど、”と指を指す。“えっ、これ石田白樹さんの書だよ”。“ふーん、こっちにもあるんだ。”続きの座敷に目を移すと七言絶句の漢詩。ゆったりとふくよかな時が流れるまさしく先生の行書だ。“欲しかったら、持って行ってやるよ”。思わず“欲しい”声が漏れた。

 家に届いた襖の書はあの時見た以上に真っ赤にやけパキパキ折れる。さらに猫のひっかき傷での欠損、雨漏りなどでボロボロになっている。修復には半年以上もかかるそうだ。取りあえず、種苗交換会を始めた石川理紀之助翁の歌二首(かな)、襖二枚の修復を依頼した。お好きであったご酒後かとも感じさせるような筆の動き。下張りの新聞紙から、先生が60歳近くと思われる円熟期の作品だ。これだけの名品、滅多にない。落款も今まで見たこともない文人画のようなひょうたん型に“白樹”とある。

 先生は秋田大学の元助教授で書道界の重鎮であった。奥様は毛馬内(現鹿角市)ご出身の『ゆたか』さんで「かなの名手」と聞いていた。先生が不在の時は奥様にも手ほどきを受けた。なけなしの家計の中から約10年書道塾に通わせた両親。今思えばなんと贅沢な子育てであったろう。
 あとで襖に引き合わせてくれた親戚から、「石田先生は学生時代、近藤さんの奥さんの手形の実家に下宿していたそうだ」と聞いた。これもまた何とも言えず不思議な縁だ。年末修復が終わり我が家に帰ってくる。畳にながまって飽きるまでながめよう。

H25.7月

2013.06.28 | 社長だより

社長だより vol.2

 【昔の夏みかん】

夏みかん

 我が家に必ず毎年4月に、静岡の磐田から「昔の夏ミカン」と「新茶」が宅急便で届く。部屋中にツーンと新鮮な香りが拡がる。
送り主は、亡くなった父の戦友の奥さんのお名前だ。秋には「三ケ日のみかん」も送っていただく。秋田からは夏に、「いなにはそうめん」、秋は「大森のふじ」をお届けします。この“相互訪問”は、父と戦友の間で、昭和30年代初頭、夏みかんとリンゴで始まり、かれこれ55年も過ぎた。今はお互い顔見ぬ長男同士の付き合いだ。

 今年もいただいた「昔の夏みかん」を仏壇にお供えした。毎朝家内と一緒にご飯とお水をあげ、“食べるか?”と顔を見合わせ、最後の1個に手をつけた。届いてからかれこれ1か月半以上も過ぎた。“しなぶけ”てしまったが、しっとりと重く、歯が浮くような酸っぱさは、子供のあの時に帰る。

 父の海軍時代の履歴表と写真から推測すると、戦友とは支那事変で苦楽を共にしたようだ。磐田へは小学校低学年の時、家族4人でC58(だと思う)に牽かれた夜行列車(急行津軽)の2等車(ボックス席でクッションが良いだけ?)に乗ってお邪魔しただけだ。あの時、窓を開け目に何回煙(石炭)を入れただろう。目がごろごろして、両親に“涙を流せば取れる”と言われたことを思い出す。「昔の夏みかん」の木も二代目と聞く。亡き父の名代で戦友の墓参りもしたい。今度は「こまちとこだま」を乗り継いで家内と磐田へたどってみよう。

H25.6月

2013.05.27 | 社長だより

社長だより vol.1

【花木暦】

 子供の頃は庭の片隅にもあった沈丁花。何とはなしになじめなかったあの匂い。しかし、いまはすっかり虜になってしまった。他界した父母がこの沈丁花が好きだったせいかもしれない。向かいのお宅から、道路越しに遠くまで漂う芳香力の強さ。外に出ると花のそばまで引きよせられる。爽やかで切ない香りだ。花好きの父母を思い出させ、胸が一瞬“きゅん”となる。

沈丁花
沈丁花

  我が家の花木花暦。春一番が玄関前の目立たない“黄梅”だ。そして、縮れた錦糸卵のような“まんさく”、シジュウカラがすきな“馬酔木”の実。“モクレン”、ちょっと名前負けする匂いの“橘”の花、“つつじ”、そして夏始めの白粉のような“クチナシ”。橘の花にも似た“かりん”の花、シャイな“夏椿”、“金木犀”と続き、最後が“お茶の花”。今は“藪椿”も咲き始めてきた。しかし、『クチナシと金木犀・お茶』は今年の大雪と季節外れの寒さに見る影もない。親父、ごめんよ!

H25.5月