第三十二回投稿 事務美貌録 9月号
先月の竿燈祭りに続いて、今月もお祭りのお話です。といっても、マンホール女子『な』がお送りするのは、お祭りが柄になっているマンホールのお話です。
マンホールには各地のお祭りがデザインされているものが多くあります。秋田県でも、秋田市の竿燈祭り、能代市の能代七夕、横手市のかまくら、仙北市角館地区の曳山行事、湯沢市は犬っこまつりに七夕絵灯篭と大名行列がギュギュッとデザインされています。そして、この夏、秋田市に新しく国指定重要無形民俗文化財でもあります土崎港曳山まつりのデザインマンホールがお目見えいたしました!!
7月20日21日のお祭りに合わせて、カラーのマンホールも登場しているとのことで、息子と二人でマンホール探しに出掛けてみました。いやー、探すとなかなか見つからないものですね。カラーのマンホールは歩道に多く、特に、インターロッキングブロックで舗装されているような駅前通りや公共の施設の近くにあるのですが、探せども探せども見つかりません。諦めかけて寄ったコンビニの近くに普通のマンホールを発見。しかも合流!!!
※マンホールは管路の分岐点や合流点に設置されており、蓋には「雨水」「汚水」「合流(雨水と汚水の合流)」などと文字が書かれております。
「今日はこれで終わりにしようね」と写真を撮ると、

そのすぐ近くにカラーのマンホールも発見!!こっちも「合流」!!土崎港曳山まつりと北前船がデザインされたこのかっこいいマンホール、8月11日、秋田市で第二段となるマンホールカードになりました。
秋田市土崎みなと歴史伝承館にて配布しています。曳山の展示はもちろん、マンホールも展示してありました。真新しいマンホール、探してみてはいかがでしょうか?マンホール女子『な』でした。
社長だより vol.45
【うかつだった】
今年 4月20日過ぎにKHさんから葉書がきた。“あー、頑張っているんだな”と妙な安心感がかえって不安を募らせた。家内に“こんな葉書が届いたよ”とみせたら、“大丈夫かしら”と言う。彼の病状のことは以前から話してあるのできっと私と同じ思いだったのだろう。
葉書にある作陶二人展開催の当日、まだ準備中の彼を訪ねた。ガラス越しだがいっそう痩せたように見える。やがて外にいる私を見つけ、あの人なつこい目で恥ずかしそうに“来たか”と見ている。外に出てきた彼は黒のハットをかぶっていた。“今回はギャラリー個展をやめ、普段興味のない人にも気軽に見てもらいたくてウインドーショップ的なミニ展覧会にした”と言う。しかし、声に張りもなくいつものあの開催意欲を伝えられないもどかしさを感じた。
二人で店の前のベンチに座り、作品を見ながら彼は病状のことやら展示作品のことを話し始めた。私が制作依頼している「小ぶりの天目茶碗」に話が及んだ時、私の手を握り、“わかってる、わかっているよ、頑張る”、という。私は励ますつもりだったが、つい “今回の展示作品は華やかさがないな”と、うっかり言葉に出してしまった。彼から一瞬“そんなことはない”と、声にならない強い語気を感じた。私も慌てて、“深みが凄みに見える”と口ごもったが彼に届いたろうか。独特な釉調を端正な形に現す芸術家に対し、たとえ本音であったとしても、まして今使えるはずもない言葉であった。それにしてもうかつだった。
6月27日の朝にKHさんから『今日〇病院を退院です。次回から外来診療です。元気に頑張ります。ご心配をお掛けしております。ありがとうございました』とのメール。発信時間からして病院での朝食前、ベッドの上で書いたものだろう。私から、『おはようございます。いま千葉のホテルです。メールにKHさんの発信名、正直一瞬緊張しました。しかし、よかったですね。安心しました。そのうちに』、と返信した。
この「緊張」の言葉を使うのにはためらいがあった。正直、危ないのかと感じたからだ。というのは、5年前に四日市在住の二年先輩のWさんから携帯に、絞り出すような声で、“近藤さん、俺、今回はだめかもしれない”と言われ、翌日慌ててお見舞いに伺ったことがある。水も喉を通らない状態であったが意思そのものはしっかりしていた。帰秋して1週間、私の携帯にWさん名表示で電話があった。“えっ”、もしかしてと緊張しながら携帯を耳に当てた。やはりWさんではなかった。“父が亡くなりました。生前の秋田での暮らしが分かりませんので教えてくれませんか”という問い合わせであった。
8月8日、地方紙のお悔やみ欄でKHさんの訃報を知った。翌9日、顔写真入りでその業績が2段組みで大きく紹介された。そして、11日、同紙一面のコラムに “理想の街づくりを目指し、芸術文化を熱く語る真剣な表情が今も目に浮かぶ”と生前の活動が称えられた。葬儀には同期を始め、陶芸家・元教授を慕う多くの参列者が道半ばの終いを悼んだ。
時間がないと覚悟する人の気持ちを知悉(ちしつ)することはできない。メッセージを遺されたものにとっては当惑しかないが、責任を解かれるかもしれないことを悟れば強さになるのかもしれない。私にその覚悟ができるだろうか。近況を知りながら言葉を交わすことなく、メールでのやりとりが最後になってしまったことをただただ申し訳なく思う。
平成30.9月
第三十一回投稿 事務美貌録 8月号
8月の秋田といえば竿燈!子供の頃から竿燈祭りに慣れ親しんだ『さ』は竿燈祭りが大好きです。私のDNAを受け継いだのか、子供も竿燈が大好き。7月の練習開始からボルテージが上がって行き、8月の本番まで続きます。
竿燈妙技会=昼竿燈とも呼ばれ、8月4・5・6日に秋田市にある「エリアなかいち にぎわい広場」で開催されます。大若団体規定・大若団体自由・大若個人・囃子方・小若団体規定・小若囃子方の6つの競技で各町内・企業より選りすぐりの技師達が競います。




差し手と呼ばれる竿燈を上げている人達の真剣な眼差しを間近で感じ、青空に映える竿燈は夜の竿燈とは一味違います。(会場周辺は日影が少ない為、お出掛けの際には熱中症対策をお忘れなく)

もちろん夜の竿燈も!竿燈本番が楽しみな『さ』でした。
※写真は昨年の竿燈まつりのものです。
秋田竿燈まつり公式WEBサイト
http://www.kantou.gr.jp/
社長だより vol.44
【父の書付け】
今年も“のうぜんかずら(凌霄花)”が咲いた。例年、『土崎の港まつり』が終わって7月下旬なのだが今年は1週間以上早い。来年十三回忌の父はこの花が好きで、秘かに孫の長女へ「桂子」と名づけたかったらしい。私もこの花は、嫌いではないが、花の落ち方にしっくりこず、父には悪いなと思いながら別の名をつけた。もっとも、父は“のうぜんかずら”の“かずら”を「桂(かつら)」と思い込んでいたふしがあるので、もし「桂子」と命名して後で長女に説明がつかず困ったことになったかもしれない。
父は几帳面な人だった。私からは想像もつかない性格だ。庭の草とりなどを見ていてもよくわかる。炎天下、年季の入った麦わら帽子をかぶり、座り込んで1センチにもならないような雑草を端から端まで根気よく抜いていた。よくそんなに丁寧に草とりができるもんだと呆れてもいた。だからと言って“手伝ったわけでもなかったし、自分の仕事あとを見ては真似できないな~”と、今朝、庭の草取りをしながらそんなことを思っていた。
庭の掃除や草取りに欠かせないものに「蚊取り線香」がある。父から昔「蚊やり線香」と聞いていたが、いつしか「蚊取り線香」になったとも聞いたことがある。昔の白黒映画にはよく登場する「蚊取り線香」。子供時分、窓という窓を開け放ち、畳の匂いを嗅ぎながらの昼寝。風上から流れてくる煙を見て頼りなさを感じたものだが、庭掃除には実にいい仕事ぶりだ。
先日、断捨離ではないが、父の身の回り品を整理していたところ、三回忌後の整理で処分したはずの“書付け”が目に入った。私への最後の申し送りだったのかもしれないこの書付け。また目にしてしまった。父が死んでからの身の回品などの処分、読んで用が済んだらすぐに捨てるか、灰にするのが本当なのかはわからないが、私には捨てられないものとして遺してあったのだろう。
親父が指に力を入れて書いたであろう書付け。私にこんな書付を遺せるだろうか。言われたことを実行し、まだ墓碑銘には両親の戒名しかないが、おっつけ親父に会って、“来たよ”ということになるだろう。まじめな父は“まだまだはやかったろう!”とたしなめるに違いない。父は全部整理をしてもらうことが希望であったかもしれないが、海軍時代の写真など簡単に灰にもできない。しかし、子供に後を託してもまごつくだけだろう。私が両親へ最後のおつとめをすることに越したことはないが、もしかしたら古いことに興味のある長女が後を継いでくれるかもしれない。
私は父に不満はなかったが、あまり話したことはなかった。それは母に対しても同じだ。日常の漠然とした事柄について話し合うという習慣がなかったせいかもしれない。ただ県外に出ていた時、数度、国鉄の安月給家庭に無心の葉書を送ったとき、近況を添え書きしたことがある。おそらくこんなことを書いていただろうことは容易に想像できる。いまとなれば赤面するが、三回忌後の整理ではその葉書はなかったのできちんと子供の恥は残さないようにしてくれたんであろう。今、凌霄花の朱色の花が咲くと決まって父のことを思い出す。お盆ももうすぐ、仏壇もきれいにして迎えよう。
平成30.8月
社長だより vol.43
【大いなる積み重ね】
午後11時半は過ぎていただろう。私は「一富士・二鷹・三茄子」 の語源を読みながら、珍しく燈りの付いた寝室で眠ってしまった。家内はまだ小説を読んでいた。ふと目が空き、手探りで枕もとの携帯を見たら午前1時23分。“へー、1・2・3並びか、こんな偶然もあるんだ”、と一瞬思ったがまた寝入ってしまった。
私は中学生になって両親から腕時計を贈られたが、2年ぐらいで机の中にしまいこんでしまった。それ以来、60年もの間腕時計をすることがなかった。といっても近年は携帯を肌身離さず持っているので腕時計と同じことか。時間に追われず仕事をしているなどと気取っているのも滑稽だ。今年になって、思い出したように1か月ほど還暦で亡くなった従兄の形見の音波時計をつけたが、やはり何か大事なものをなくすのではないかと気になり、今は食卓の上に飾っている。
高校・大学入試・入札など極めて大事な時間も腕時計なしで過ごしてきた。そのせいか、腹時計は意外と当たる。先日、早朝からマイ畑での“農作業”。携帯をなくせばと思い、車に置いているのだが、雑草取り、1時間も経つと疲れる。お日様もあがってくる。一服しながら、家内が“今、何時?”、私は即座に”7時40分ぐらいだよ”と言った。ほどなく車の時計を見た家内は、なにか不思議そうに一言、“当たってる”。それはそうだ。当たる理由は手品と同じで種がある。
汽笛だ。秋田港に苫小牧からフェリーの到着が午前7時半頃、新潟への出港が1時間後。7時、8時の時間さえ間違えなければ、海風にのって聞こえる汽笛に腹時計を合わせればいいだけのことなのである。偶然でもなく多少腹時計を考える程度だ。6時に出港する船もある。また、近くの秋田陸上自衛隊駐屯地の“起床ラッパ” も聞こえることがある。午後は学校のチャイムも聞こえるので時計代わりに事欠かない。勿論、これらの種は家内にバラしてはいない。
ただ、この頃時計を持たないことによって相当に無駄な時間を過ごしてきたのではと思うようになってきた。父親は旧海軍、連合艦隊旗艦『高雄』などに乗船していたと言う。出港時間には大変厳しいものがあったと、子供のころからよく聞かされていた。曰く、“集合には何があっても10分前には現地に到着していること”。これがトラウマというかごく当たり前のことなのだが、時間の約束だけは人にも冷たく当たってきたと思う。それだけに、概ね20~30分前の余裕現地到着が私のセオリーである。
しかし、仮に週2回の約束などがあれば、月8回で240分。年間では2,880分の待ち時間となり、丸々2日が無駄となる勘定だ。60年とすれば実に120日、4か月分である。実際はもっとあったろう。この時間をただ“ぼ~”と生きてきたわけではなく、もの思いのゆとりの時間と見ればいいのだろうが、この歳になると“もったいなかったな~”と感じる。
平成30.7月
第三十回投稿 事務美貌録 7月号
事務美貌録(いなささなかまだ日記)も今月で三十回目を迎えました。メンバーの頭文字から名付けた
「いなささなかまだ日記」ですが、今月号より「事務美貌録」として更新して参ります。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
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梅雨の真っ最中。
洗濯物も乾かず、気持ちもジメジメしつつある今日この頃です。
今回5回目の投稿となりました。
先日テレビで、前回投稿した『牛久大仏』のお掃除風景をやっていました。定期的に掃除をしているそうですが、あの高い場所をなんと人の手で掃除していてとてもビックリ!!テレビでは、大仏様の耳の部分の掃除をしていました。120mある頭頂部に人が出られる場所があり、そこから命綱一本で耳の場所まで移動。高圧洗浄する人、ブラシでこする人、二人掛かりで行っていました。青銅が変色するため薬品は使用できないそうで、ひたすら水でゴシゴシしていました。見えないところで、こんな命がけの作業が行われていたとは知りませんでした。
さて本題に戻ります。
先日、群馬県へ旅行してきました。群馬県というと、有名どころでは草津温泉や伊香保温泉などがありますが、「デカ盛りの聖地」と呼ばれているのをご存知でしょうか?テレビやYouTubeで度々取り上げられており、いつか行ってみたいと思っていた、『パンプキン』というお店に行ってきました。いつも混んでいると聞き、はりきって開店前に到着するも誰もおらず、お店を間違えた??と思いつつ車で待機。その後、徐々に行列ができ、県外ナンバーの車もいて(自分もですが)、やはり有名なお店なんだと実感しました。店内は、昔ながらの懐かしい感じの喫茶店でした。
写真では大きさが分かりづらいですが、ハンバーグ定食とグラタンスパ(Sサイズ)です。

美味しいけどまた太る・・・と思いながら二人でやっと完食。
他には、世界遺産の「富岡製糸場」や群馬名産のこんにゃく製造工場「こんにゃくパーク」、そして何といっても外せない「高崎白衣大観音」に行きました。42mと高さは牛久大仏には劣りますが、名前の通り白衣を着たような白く綺麗な観音様でした。観音様の中には、20体の色鮮やかで表情豊かな仏像が安置されていました。



最後はまた、観音様ネタになってしまいました・・・。車で行くには遠かったですが、群馬旅行を満喫した”な”でした。
第二十九回投稿 新・“い”なささなかまだ日記
★いなささなかまだ日記★ 6月号

☆祝☆ 秋田ノーザンハピネッツ※B1昇格
やったぁ~!バンザ~イ!!!おめでとう!!!
いきなり盛り上がってすみません。
昨年B2に降格してからというものB1昇格だけを目指して1試合1試合を戦ってきたハピネッツ。最短で昇格できて本当に嬉しいです。1年前のB1残留プレーオフ。延長戦の末にブザービーターで横浜ビー・コルセアーズに3ポイントを決められ劇的逆転負けしたあの瞬間。場内がシーンと静まり返ったこと、横浜の歓喜、膝から崩れ落ちた田口選手、そんな場面を思い出すと感慨無量です。
B2優勝決定戦では惜しくも負けてしまいましたが、今シーズンの勝率9割(54勝6敗)はB2ナンバー1です。最後まで諦めずに戦う姿にいつも元気をもらいました。選手の皆さん本当にお疲れ様でした。
ちなみに秋田ブースターは、応援が熱狂的なことで知られ、「クレージーピンク」とも言われています。まだ試合を見たことの無い方は是非会場に足を運んでみて下さい。その迫力に圧倒されること間違いなしです。 ※B1・・・バスケットボール男子Bリーグ1部のこと

話は変わりますが、皆さんラート競技をご存知ですか?
ドイツ発祥のスポーツで、2本の鉄の輪を平行につないだ器具を用いて、様々な体操を行う競技だそうです。先月のハピネッツの試合会場で見る機会があり、初めてその存在を知りました。5月にスイスで行われた第13回世界ラート競技選手権大会の男子個人総合で優勝した高橋靖彦さんという方が演技をしていたのですが、鉄の輪を自由自在に操る姿はスポーツというより芸術に近いように思いました。いろんな種類のスポーツがあるんですね~。今年は平昌オリンピックに始まり、今月開幕のFIFAサッカーワールドカップとスポーツ熱は高まりそうです。その先2020年の東京オリンピックに向けてまだまだスポーツ熱は止みそうにありませんね。“い”でした。
社長だより vol.42
【ふたたび小さな疑問】
尺貫法は中学生の時廃止されたと思うが、今もってメートル法でしっくりこないものがいろいろある。特に面積や量的なものに多い。100 m2といっても3.3で割って、“ふーん30坪か”、100ℓは1升が1.8ℓだから、“50本ちょっとか”、となる。また、田畑での一反歩のイメージはあるが「アール」などが出てくると固まってしまう。換算は認知症防止にはいいのだろうが、いやはやピンと響く頭には程遠い。
拙宅近くの高清水小学校も今年140年、校歌に「山きよらかな 太平の そびえる姿 映しつつ・・・」とあり、作詞は秋田高校と同じく土井晩翠さんです。
秋田市のほぼ全域から見られるピラミッド型の『太平山』。深田久弥氏の名著「日本百名山」にはないが、山の深さや信仰の対象として山岳関係者は「日本三百名山」の一つにあげている。春夏秋冬異なる趣きをはっきりとみせる。高清水からも稜線がくっきりとよく見える。また、“マイ畑”からもピークが見える毎日の暮らしに欠かせない風景だ。
私はこの歳まで自分にずっと太平山は前岳・中岳・奥岳の総称だと思わせてきた。そっとしておきたかったが、“念のために調査”してみると手前から、前岳・中岳・鶴ケ岳・剣岳・宝蔵岳・弟子還り岳・太平山・旭岳とある。山連なりは当然知っているが、太平山への呼称、「3岳で太平山」はここに60年の思い込みの歴史が途切れることとなった。

しかし、私の本来の疑問は依然として未解決だ。その標高差にある。太平山の標高は1,171m、前岳は774m、どこから見てもこの標高差を感じられないのである。みた感じ、前岳は9合目、よく見て8合目ぐらいにしか見えない。写真上は秋田市外旭川から撮ったもの。前岳と太平山の標高差は約400m。写真下はもっと近づいて秋田市仁別からみたもの。(両方とも8時前後方向から見ているので中岳は見えない)いつも太平山を見るとこの標高差に悩まされている。400mの差といえば、優に男鹿半島の寒風山(377m)を凌ぐ。距離や見る位置(角度)からその差を感じさせないのだろうが、足も不自由になり、走破してこの疑問を解決・納得することは永遠にできなくなった。今となれば中学2年の夏、クラスの数人で前岳から奥岳まで縦走する計画があったが参加しなかった。なぜ参加しなかったのかがそもそもの疑問だ。
1812年7月16日、菅江真澄は「太平山(おろちのたけ)にのぼって、“居待ちの月(十七夜の月)を見ましょう。16日は月蝕があって月見にはふさわしくないので・・・”*」と、出発し19日に登頂している。翌年、晩春に再度秋田市仁別を訪れ、次の和歌を残している。
『花はいつ 桜のこずゑ 梅の苑(その) また夕凝(ゆうこ)りの 霜のおく山』。
一昨年まで仁別から『ザブーン』へのT字路角にこの和歌を記した「菅江真澄の道」の標柱があった。
(*菅江真澄遊覧記5、月のおろちね、内田武志:東洋文庫、平凡社)
平成30.6月
社長だより vol.41
【小さな疑問】
新青森駅発12時48分の「つがる4号」、進行方向左側の窓から春の陽光。うとうとしながら幾度となく通ったあの7号線(旧羽州街道)。飛ばしている自分を左右に見て秋田へ向かって南下する。右側にお岩木山の真っ白な三つのこぶもはっきり見える。広大なりんご畑、ところどころに剪定した枝を焼く薄い煙も見え、匂いも漂ってくるようだ。弘前では乗降客で結構ざわめく。
“つがる”は大鰐・碇ヶ関を過ぎ浅緑の山中をはしる。県境青森県側山あいの奥まったところに「湯の沢温泉」がある。どうやら混浴であったあの温泉、いま開いているのだろうか。この一帯はことのほか温泉の宝庫だ。赤い湯・白い湯・あったまる湯、私は特に「日影温泉」の優しい白い湯(陣場)が好きだ。長くつかって上気した顔に玄関前の沢風が硫黄の匂いとともに心地よい。
“つがる”は大館(早口)・鷹巣・二ツ井と天然秋田杉集積地の面影を残した駅構内を通り、やがて、東能代駅に到着する。“秋田駅からリゾート列車は必ず一旦東能代駅についてから、向きを逆にして絶景の日本海沿いを走るんだよな…。スイッチバックだよな~、東能代を通らずに五能線に入る線路はないよな~。明治?の木材運搬業者が鉄道に反対しなければ、方向転換はなかったはず”などと思い巡らして、またまどろむ。男性車掌は主要駅を通るたびにカチカチと乗客数を確かめている様だ。
三種町に入れば日本一の“じゅんさい”産地の沼があちこちに光っている。八竜メロンの定植は終わったろう。車内放送で間もなく森岳との案内。今は寂れているが能代の奥座敷的社交場・湯治場でもあった森岳温泉。M館の湯は無色透明でかけ流し、湯口から溢れる様に出てくるしょっぱい湯が自慢だ。秋田北ICから自動車道で約30分、特に入浴客に会わないラッキーな日は温泉独占で家内もニンマリご機嫌だ。
森岳を出てほどなく、一瞬オレンジと赤の流れる色とすれ違う。“あっ、クマゲラだ、クマゲラも五能線に入るには必ず東能代を通るはずだよな~”と、また、勾配のないスイッチバックを思い出してしまった。次に停車する駅は八郎潟。よそでは見られない「願人踊り(がんにんおどり)」がある。もう間もなく始まる。何とも愉快というか軽快な踊り、決して見逃すまい。この八郎潟駅から東側に車で約10分、朝市・鍛冶・建具職人の五城目町がある。 “奥羽本線が通らないのは能代と同じで木材運搬業者が鉄道に反対したためだよな~、今となれば鉄道が欲しいだろうな~”。五城目には薬効が高いといわれる「湯の越」の湯があるが、私は混雑を避け、もっと手前の高台にあるぬるっとした「小倉温泉」に入る。ここも独り占めのチャンスがある。
ここから秋田までは一飛び。到着は15時28分。杖をついてゆっくり出たら、カチカチ車掌にバッタり。意外に若く、眼鏡をかけた生真面目そうな感じ。思わず、“リゾート列車は東能代でスイッチバックですよね?”、“・・・のために最後尾を先頭にして五能線に入ります”と、丁寧な説明が返ってきた。間違いなかった。安心した。所要時間2時間40分、今度時間があったら五能線で帰ろう。

切絵の枝垂れ桜

我が家の菜園に作られたカラスの巣。
(壊さずに下におろした。直径約60センチ)
平成30.5月
第二十八回投稿 新・いなささなかま“だ”日記
★いなささなかまだ日記★ 5月号
第26回の3月号より新たに加わった“だ”♂です。事務美貌録の中に男!?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんがご容赦下さい・・。
ようやく暖房を付けずに過ごせるような気温になってきました。団地内にも桜が咲き始め、窓からの景色にも春を感じます。新年度が始まって1ヶ月となりますが毎年この時期になると「入社して○年経ったのだなー」と入社した時のことや、就職活動をしていた時のこと等を思い出します。入社1年目のこの時期は、社会人として右も左も分からない状態で何をするにもとにかく不安があり様々なことに緊張していました。思い出すだけで、緊張してくる気がします・・・。今も緊張する場面は多々ありますが、入社して間もない頃の緊張感というのは、その時にしかない独特のものだなと思います。気付けば入社して5年目を迎え、まだまだ未熟な自分ではありますが「もう5年も経っているのか」と社会人になってからの時間の早さに驚いています。

話は変わるのですが、4月~5月にかけて私が楽しみにしているものがあります。ラーメンが好きでよく食べ歩きに行くのですが、由利本荘市に「麺饗 松韻」(住所:秋田県由利本荘市石脇田頭100-5)というお店があります。今の時期、期間限定でトッピングメニューにニラが追加され、ニラの香りがスープと非常に相性がよく、一度食べてから毎年この時期を心待ちにしています。
ラーメンは、「こってり」と「あっさり」の2種類で画像は「こってり」です(ニラのトッピングは「こってり」になります)。とんこつベースに煮干の魚粉が混ざったスープで、麺が自家製麺なのですが「ポキポキ」と噛み切れるような触感で癖になります。是非一度食べてみて下さい。土日は朝営業もしていますが平日は昼営業(11:00~2:00)のみで、毎週水曜日が定休日です。先週末に行った時はニラが売り切れでしたので今週再チャレンジしようと思います!!また、皆さんのオススメのラーメン情報がありましたら是非教えて下さい。
第二十七回投稿 新・いなささなか“ま”だ日記
★いなささなかまだ日記★ 4月号
長かった冬が終わり、ようやく春らしくなったように感じます。4月といえば、入学式・入社式・お花見・桜・新学期・新入社員等々いろいろあります。暖かな気候に誘われて、何か新しい事を始めてみようという気分にもなります。
当社は会計年度を1月~12月としており、決算が終わったばかりですが、なぜ4月から新年度と言うのか気になり調べてみました。
新年度の始まりが4月になったのは、明治19年(1886年)。当時日本の主産業は稲作で、政府の主な税金収入源が農家のお米だったそうです。納税はお米ではなく現金だったので、農家が秋にお米を収穫し、それを現金に換えて納税し次の年の予算を組むには、1月では間に合わず、4月からとするのが都合が良かったそうです。又、当時世界一の経済力を誇ったイギリスの会計年度が4月からだった事もあり、当時の日本にとって重要な国であったイギリスに倣って会計年度を4月からにしたともいわれているそうです。新年度が4月に決まったので、税金でまかなわれている学校の新学年(新年度)の始まりも4月になっていったようです。とあり、疑問が一つ解決しました。
3月は、年度末で忙しい方も多いと思います。私は、健康保険の手続き等している為、全国健康保険協会(協会けんぽ)のHPを参考にしています。(保険料率・健康情報等)
『3月は、“メンタルヘルスの不調を防いで血管も健康に!”というテーマで
柔らかい日差しに春の訪れを感じる3月は、人事異動や昇進など、社会生活の面で大きな変化を迎える季節です。年度末ならではの忙しさ等も加わって、普段よりストレスをため込みやすい時期であるとも言えます。そんなときにこそ気をつけたいのが、心の健康(メンタルヘルス)。忙しさや不安は目には見えないストレスとなって、あなたの身体にも悪影響を与えることがあります。
ストレスというと心労や過労など、嫌なことや辛いことをイメージする人が多いかもしれませんが、嬉しいことや楽しいことも含めて、日常のさまざまな出来事がストレスの要因になります。適度なストレスは人間的な成長を促すものですが、ストレスが過剰になると、メンタルヘルスの不調をまねくだけでなく、身体疾患のきっかけになることもあります。たとえば強いストレスが長く続くと、身体を安定した状態に保つように働く自律神経や内分泌系に異常が生じて血管に負担がかかり、血管病のリスクが高まることが知られています。恐ろしいのは、強いストレスは、時に心筋梗塞や脳卒中といった命にかかわる病気の引き金になることがある点です。
ストレス対策の基本は、まずは自分のストレスに気づくことです。自分の「ストレス反応」に気づいたら、休養や気分転換をするなど早めのセルフケアでストレス解消を促すことが、メンタルヘルス不調の予防、さらには血管病をはじめとした身体の不調を防ぐことにもつながります。』
とありました。暖かくなったので、ストレス解消の為にも散歩を再開してみようと思う“ま”でした。
全国健康保険協会(協会けんぽ)HP お役立ち情報より抜粋
http://www.kyoukaikenpo.or.jp/
社長だより vol.40
【ミソソ ミレド レミソミレ・・・】
日曜の朝、8時5分、NHK第一放送、『音楽の泉』はシューベルトの「楽興の時」で始まる。おなじみの声で、主題の旋律や演奏者の紹介。どこかで聞き覚えのある旋律が出てくると、途端に思い出への呼び水というのか、遠い人生へスイッチが入ってしまう。 よく知っている曲ともなれば気持ちが高揚する。そして深みのある解説はつとに心地よい。今の解説者は皆川達夫氏だが、いつになっても子供のころの「堀内敬三」さんのイメージが強い。
4月になり桜前線の等高線もずいぶんと上がってきた。もう少しで秋田にも届く。陽光に、つい、がらにもなく“春のうららの隅田川(花)、春の小川”がふっと口をつく。早春の卒業式では「仰げば尊し、蛍の光」などはとうになくなったろう。川沿いの桜並木に子供たちの歓声もモノクロ映画でしか見られなくなった。
春の付く、春を彷彿させる楽曲は数多くある。早春賦・おぼろ月・メンデルスゾーンの「春の歌」・ヴィヴァルディの「四季/春」・くるみ割り人形の「花のワルツ」、自然の中にゆったりと遊ばせる「田園」もその一つだろう。確か“春を愛する人は心清き人…”という歌もあったな~。
春はのどかな情景を思い出させるだけでなく、新天地に向かう役割も演じる。ドヴォルザークもその一人。50歳のころ、ボへミヤからアメリカに渡り、交響曲第九番【新世界より】を作曲している。全編にわたって、どこか懐かしい旋律の【新世界より】。特に広く知られている第2楽章の冒頭序奏後の「家路とか遠き山に日は落ちて」は教科書にも載っていた。 “♪ミソソ ミレド レミソミレ ミソソミレド レミレドド・・・”、遠き山に 日は落ちて 星は空をちりばめぬ・・”。作詞はあの堀内敬三さん、どこか哀歓を帯びたメロディにぴったりの歌詞だ。この部分は木管パート群右側で柔らかく落ち着いたイングリッシュホルンがソロで奏でている。ラールゴとあり、スラーがかかっているので滑らかにゆったりと流れる。この部分になるといつも決まって思うことがある。
それは指揮者がイングリッシュホルンをどうひかせようとしているのかだ。著名なオーケストラにはきら星のごとく凄腕のソリストたちがいる。指揮者の考えを無視して独り舞台とばかり演奏ということもあるのではないだろうか。協奏曲であれば、お互いの立ち位置ははっきりしているので、安心しているが、【新世界より】など独奏がある場合奏者がどう演奏するのか気になっている。
写真CDの指揮者はハンガリー動乱で西側に亡命したイシュトヴァン・ケルテス。オーケストラはあのウインフィル。イングリッシュホルンが歌い始めると、いつも“身構える”のだがその違いが分かるはずもない。ただ、ケルテスの緩やかな棒が民族の秘めた思いを支えているのだろうと感じるだけだ。やはり、楽員の心をつかんでいる指揮者あってのオーケストラだと思う。東欧の心をもった天才ケルテス。40歳過ぎ、道半ばでの突然の他界。生存していれば90歳前後だろうか。さぞかし名盤が遺ったろう。残念だ。
平成30.4月
第二十六回投稿 新・いなささな“か”まだ日記 (今回から“だ”が追加となりました。)
★いなささなかまだ日記★ 3月号
今年の干支は犬年ということもあって、犬にちなんだ話題が数多く見受けられます。また
空前の猫ブームもおきています。
一般財団法人 ペットフード協会では毎年、全国の犬と猫の推定飼育数を発表していますが、1994年の調査開始以来、初めて猫が犬を上回りました。これは、20歳~79歳の5万人にネット上でアンケートを取り、推計値を出したものです。
犬の飼育数が年々減少し、猫は横ばい傾向にあります。昔に比べて、現代は平均世帯人員が減り「一人住まいの単独世帯」や「夫婦のみの世帯」が増えるなど世帯構成が細かく分裂する現象がおきています。散歩やしつけ、餌やりなどで手間のかかる犬に比べ、手のかからない猫のほうが飼いやすいということでしょう。また、平均寿命はどちらも14歳台ですが、生涯必要経費は犬のほうが多めにかかるようです。
ペットの平均寿命も伸びており「十分に世話が出来ない」「お金がかかる」「高齢者は最後まで世話をする自信がない」といった意見も多くありますが、「生活に癒し・安らぎがほしい」という希望もあり、「世話代行サービス」「保険料減額サービス」「引取り斡旋サービス」などのサービスが提供されることが望まれます。
人間とペットの関係は、犬は1万年以上前から、猫は5千年程前からともに生活していたとされます。少子高齢化・核家族化が進んだ現代社会では、新たな家族の一員として愛情を注ぐことで、「孤独感やストレスが消える」「家族の会話が増える」「子供の情操教育に生かせる」「気持ちに張りが出て規則正しい生活を送れる」などメリットも少なくありません。
飼い主もモラルを守り、仲良く共生していきたいものです。
社長だより vol.39
【なごり雪に想う】
♪汽車を待つ君の横で ぼくは時計を気にしてる
季節はずれの雪が降ってる
東京で見る雪はこれが最後ねと
さみしそうに 君がつぶやく
なごり雪も 降る時を知り ふざけすぎた 季節のあとで
今 春が来て 君はきれいになった
作詞・作曲:伊勢正三
まだ寒いが春めく気配を感ずると、「なごり雪」という歌が遠い記憶に染み込んでくる。小声で歌うと柄にもなくモノクロ映画の一こまに一瞬の残像を観てしまう。広辞苑では「なごり雪」にどんな解説をしているのかひいてみた。以外にも「なごり雪」は無く、「名残りの雪」として、「春になってから冬の名残りに降る雪」とある。万葉集あたりに使われていそうな感じなので、友人に聞いてみた。数日後に“わからない、4~5年前に気象台に登録されているようだから新しい言葉かもしれない”と「季節の言葉36選」としてメールがきた。
確かに3月に「なごり雪」があった。他に雪の付く言葉は1月に「雪おろし」、4月に「花吹雪」がある。意外に少ない。選考対象として、11月に初冠雪・新雪・雪つり、12月に地吹雪・雪景色、3月あたりに淡雪・雪柳・雪虫・雪解け、4月は雪の回廊などが思いついた、しかし、豪雪の中で暮らす人々を考えれば「雪おろし」だけでも十分なのかもしれない。毎日の雪かき・除雪はこたえる。
私は、どことなく春めいたきざしを感ずる頃、舞って降る雪を「淡雪」、さらっと積った雪を「はだれ雪」と言っている。この「はだれ雪」という言葉をいつ覚えたのか全く記憶にない。
例の広辞苑に「はだれ」がある。「まばら」という意味だそうだ。使用例として万葉集の『笹の葉にはだれ降り覆ひ消なばかも忘れむと言へばまして思ほゆ』が載っている。「はだれ雪」の説明は前後したが、“はらはらとまばらに降る雪。また、うっすらと降り積もった雪。まだらになった残雪”としている。これからは「はだれ雪」を“はらはらとまばらに降る雪”としよう。
その後、友人から第二弾。『笹の葉に・・・』の意味は “うっすらした雪が解けてしまうように私を忘れてしまうという君が一層愛おしくなる”とメールは言う。と、すれば、本万葉集は現代意訳として、『東京で見る雪はこれが最後ねと さみしそうに君がつぶやく』がしっくりくる、と勝手に得心しているがどうだろう。もっと縮めれば、「私を忘れないで」でもいいのかな~。それにしても今時分の「なごり雪」という歌は静かなときめきをのこす詩(うた)だ。春が待ち遠しい。
平成30.3月
第二十五回投稿 新・いなささ“な”かま日記
★いなささなかま日記★ 2月号
昨年末、ラジオを聴いていると「2017年流行ったもの」の中に「マンホーラー」という言葉が入っておりました。全国各地で放送されている深夜番組「○○○倶楽部」や「○○○の知らない世界」でも特集されていたとか・・・どんどん広がるマンホール!!2018年もたくさん見つけていきたいと思っております。
マンホール女子‘な’がお届けする今回のマンホールはお隣青森県特集です。青森といえば、「りんご!!」りんごがデザインされているマンホールがたくさんあります。

りんごに市章の卍がデザインされている弘前市。この写真はお花見で行った弘前城で撮影しました。
同じ弘前市内でも、旧岩木町のものは、岩木山・稲穂・川とヤマメ・リンゴがデザインされております。(マンホールって旧市町村で変わってくるのも魅力ですよね!?)

次にご紹介しますのは、北津軽郡板柳町。安心して安全なりんごを食べてもらえるよう「りんごまるかじり条例」というものを設けているりんごの町のマンホールは、かわいいりんごの木がデザインされております。
他にもりんごがデザインされているものは、黒石市(津軽こけしにりんごと稲のデザイン)、つがる市の旧柏村(岩木山と日本最古のりんごの木)、南津軽郡藤崎町(りんごに白鳥)など、たくさんあるようですので、どんどん探しに行きたいと思っています。
今回最後にご紹介しますのは、ねぶた祭が描かれている青森市のマンホールです。今では珍しいチンドン屋さん(東京 チンドン!あづまやさん。この日はラーメン屋さんの開店の宣伝をしてました)と一緒に写っている、私の2017年ベストマンホール写真です。

社長だより vol.38
【春はもう少し先・・・】
第七版の広辞苑を買った。見た感じは「七」のところが違うだけで、あとは期待通り何の変わりもない。「新村出編」にも安心した。元国語教師の86歳になる従兄は、10年ぶりの改訂版をよほど待っていたらしく、秋田駅前の本屋に注文したとかで、発売日にナップサックを背負って買ってきたそうだ。第二版から毎回買い求めているとのこと。私は広辞苑専用の真っ黒なビニール袋に入れ、車まで運ぶのが“重かった”。
この広辞苑、傍にあって、ただページをめくって言葉を眺めているのもいい。ネット検索では少々信憑性に欠けるが、その点辞典は安心だ。全く違う言葉にも出会えてついついみてしまう。
紙質の違いやインクのにおいを感じながら、最初に探した言葉は「如月」。“(草木の更生することをいう。着物をさらに重ね着る意とするのはあやまり)陰暦2月の異称”とあった。その夜、偶然、布団の中で読んでいた「言葉の歳時記(新潮社、新潮文庫、金田一晴彦氏)」に、“「きさらぎ」というのは余寒が厳しくて衣類をさらに重ねて着なければならない、つまりは「衣更着」の意味だと古くから言われている”とある。広辞苑の初版は昭和30年5月。「言葉の歳時記」は、昭和48年8月の発行、同氏も目にしたと思うが、大寒のころ、「衣更着」はぴったりだと思う。
変わってほしくないものはいろいろあるが、「三菱重工のカレンダー」もその一つ。まだ駆け出しのころ、メーカー担当者から“コンクールで優勝したんだ”と言われたことがある。飾り気のない数字だけのこのカレンダー。今年、表紙(1月の前ページ)に小さくその由来が印刷されていた。『昭和26年以来の“玉”カレンダー。玉とは印刷用語で数字のことを指す。使用している数字は三菱重工でデザインしたオリジナルの字体であり、赤や黒の深みを出すために二度刷りを施す手法と併せ、そのこだわりは発行以来変えずに作成し続けている。この端正かつシンプルでありながら力強いデザインは文部大臣賞や通商産業省繊維局長賞などを受賞した実績もあり宮内省へ献上していたこともあります』、と。当時は和紙ではないかと思えるほどの厚手の真っ白な紙。今も指に感触がのこる。裏に図や表を書くと、妙に立派にみえ、捨てるのには惜しい気持ちが残ったものだ。今も他社で出会うとほっとする逸品だ。

節分が終われば翌日は立春。春が立つと書くが、雪解けが進み、「ばっけ」が出始め、ある日「まんさく」の花が“おーい”と声をかけてくれそうな気配も感ずる。 “「立つ」は今まで存在しなかったもの、一般的に神秘的なものが忽然と姿を現した言葉であり、「竜」をタツというのも常に隠れているものが現れる意味だろうと推定される(同、言葉の歳時記)”と金田一晴彦氏はいう。春が待ち遠しい。
平成30.2月
第二十四回投稿 新・いなさ”さ”なかま日記
★いなささなかま日記★ 1月新年号
新年明けましておめでとうございます。
本年も「いなささなかま日記」をよろしくお願いします。
日本漢字能力検定協会によると昨年の世相を表す漢字は「北」でした。北朝鮮のミサイル発射、九州北部の豪雨、北海道日本ハムファイターズへの期待、「キタ」サンブラックの活躍に由来しています。今年はどんな一年になるでしょうか。平成であるのもあとわずか。文字通り「平らかに成る」一年であるように大災害など起こらない泰平な年であることを願っています。
今年の干支は戌ですが、犬は社会性があり忠実で人との付き合いも古く親しみやすい特徴があります。犬はお産が軽いとされることから安産については戌の日が吉日とされています。戌年の人は、勤勉で努力家、正義感が強い、聞き上手、世話好きだそうです。有名人を挙げると漫画家の水木しげるさん、僧侶の瀬戸内寂聴さん、タレントの久本雅美さん、芸人の岡村隆史さん、歌手の宇多田ヒカルさん、フィギュアスケーターの羽生結弦さん、アメリカのトランプ大統領も戌年生まれのようです。
犬といえば渋谷の忠犬ハチ公が有名ですが、ハチは秋田県大館市出身の秋田犬(あきたいぬ)です。改めて大館市のHPを見ると市を挙げていろいろな取り組みをしていました。市内にいくつかある秋田犬の銅像、キーホルダーやTシャツなどのグッズ販売、秋田犬のマンホール、秋田犬検定というのもありました。ここで秋田犬検定から抜粋して出題します。
Q1.プーチン大統領に送られた秋田犬の名前は何でしょうか?
Q2.映画「HACHI約束の犬」の主演俳優は誰でしょう?
Q3.秋田犬は天然記念物に指定される前は○○犬と呼ばれていたでしょうか?
10題中8問正解すれば合格です。HPで無料で検定できます。(正解はA1.ゆめ A2.リチャード・ギア A3.大館犬)
大館市のHPでは1月10日まで秋田犬の画像を無料で公開しています。年賀状を出し忘れた方は是非ご利用下さい。http://www.city.odate.akita.jp/



社長だより vol.37
【一富士二鷹三茄子】
今年は年神様に何をお願いしようか、暮れの大掃除もせず、障子の張替えもしなかったが考えてみた。もしかしたら、両親の仏壇はきれいに掃除をしたのでそのおかげはあるかもしれない。
初夢は何にしよう。家族の健康や子供の活躍は順当なところだろう。次は何だろう。あれこれと思いめぐらす。一方、昨年の目標は確か海坂藩の地図作成であったはず。今も枕元に短編集が10数冊はある。布団の上で読み終わるまでなんども顔に本を落とし、地図作りは到底先の話、いやできないだろう。しかし、灯りを消すと音を包んでしまう雪の中、ふっと視界に軒を寄せ合う町屋が見えてきたり、だらだら坂が見えたり、夜のとばりに人影がチラついたりと作成への意欲だけは消えていないようにも見える。
私の冬景色は秋田県立美術館にある「藤田嗣治の大壁画」。伽羅橋(きゃらばし)から左の四分の一ほどだが、お正月がしっくりとおさまる。何度見ても飽きずにこの壁画を見ていると懐かしい語らいがある。右のほうに目を移すと“三吉さんのぼんでん奉納”があるので左の雪景色は自然とお正月に見えてしまう。かまくらのそばには角巻を着た大人の女性が数人話し込んでいる後ろに馬(ば)そりが来ており、奥に雪囲いの板塀を配置してある。吹雪になれば”虎落笛(もがりぶえ)”も聞こえるのだろう。秋田にこの大壁画があることを誇りに思う。
もう一つ、お正月というと、かどづけの万歳(まんざい)があった。正月といっても小正月だろう。将軍野にあった家の前の家、玄関から上がり框まで2間位土間があった時のこと。入ってくるとパパンパンと鼓の音が家中に響く。秋田万歳*(ねぶり流し館、民俗芸能・行事開設シート2)によれば、「明治25年ごろが秋田万歳の最盛期で、25組もの万歳師がいて組合を結成、地域を決めて活動」し、「訪問先の家をたたえ、人々の長寿を祝福する文言を掛け合いで唱えながら舞いを演じる」とある。
挿絵は、平凡社の世界大百科にある「万歳」。二人とも烏帽子姿だが、我が家に二人で来ていた時は、大黒頭巾と烏帽子だったろう。右手で黒の角巻(マント風)を跳ね上げ、指のない軍手で鼓をもち、パパンパンと打っていた。頃合いを見て母親からおひねりを渡され、“はい”と手渡していたんだろう。
中村 草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」どころか「昭和も遠くなりにけり」で、来年には元号も変わる。初夢に寂寥感への沈積だけは見るまい。歳月の流れには逆らえない。
*秋田県無形民俗文化財:民俗芸能伝承館(ねぶり流し館)
年末、東京のW氏からみかんをいただいた。奥様の実家が湯河原のミカン農家と聞く。10㎏入りとあるが、持ったらずしりと重い。開けてびっくり、びっしりと整然と並んでいる。見たこともない箱詰め、感動した!ストーブの側で駿河湾を眺めながらごちそうになろう。
平成30.1月
第二十三回投稿 新・いなさ”さ”なかま日記
★いなささなかま日記★ 12月号
間もなく受験シーズンという事で、宮城県南三陸町の合格祈願の「オクトパス君」というキャラクターをご存知でしょうか? 南三陸町は西の明石・東の志津川と言われる「タコ」の名産地で、【タコ=octopus=置くと(試験に)パス】というタコがモチーフの合格祈願キャラクターです。
“さ”はまだまだ暑い8月に試験を控える息子にと購入してきました。オクトパス君の置物は手のひらサイズでとても可愛かったのですが、持ってその重さにとても驚きました。鉄製でその重さは600グラム。どっしりと構えて試験に臨みましょうという思いから鋳造という方法で作られているそうです。
そして工房のすぐ上には入谷八幡神社があります。約400年の歴史を持つ神社で、源義経が祈願成就の御礼として京都の石清水八幡から勧進したと伝えられており、合格祈願スポットになっています。
長い階段を上ると巨大なオクトパス君が鎮座していました。タコは縁起がよい生き物で、撫でるとご利益が増すそうです。
気になる?結果ですが、しっかりお願いした成果が出たのか無事に合格できました。これからの受験シーズン、合格祈願にいかがでしょうか?

社長だより vol.36
【“ごっこ”がつく】
「朝から底冷えがして、暗い雲の下に町全体が静まり返っているような刻(とき)が過ぎたが、七つ(午後4時)過ぎになって雪が降り出した。師走に入ってから二度目の雪だった。雪は、夜になると急に勢いを増して、切れ目なく降り続いた。・・・下駄にすぐ雪がくっついて歩きにくい。菊四郎は立ち止まって足踏みをし、下駄の雪を落とした・・・・ご存知藤沢周平短編小説、「雪明り」の冒頭部分。
“下駄にすぐ雪がくっついて”、とあるが、鶴岡出身の同氏ならではだ。確かに“ごっこ”がつくと歩きにくい。この“ごっこ”、特に気温が低い時についたと思う。子供のころ家にあった箱ぞり、立派にできていてうらやましがられた箱ぞりであったが、そりの部分に鉄板を打ち付けてあった。寒ければ寒いほど、そりにこの“ごっこ”が付いていたと思う。横倒しにして根こそぎ取らないと直ぐに“ごっこ”が大きくなり、真っすぐ進めなくなり、重く煩わしかった。周りの箱ぞりは鉄板の代わりに竹を割って先をあぶって曲げたものを張り付けており軽くてよく滑り、子供ながら羨ましく思ったものだ。

“ごっこ”の語源を探したがわからない。こぶができて、歩く“とごっ・ごっ”との感触音があることから、この“ごっ”に秋田の語尾に“こ”を付ける癖がついて“ごっこ”になったのではないだろうか。ちなみに、こぶの語源も調べたが、“ごっこ”に近い呼び方はなかった。
下駄箱に、母親から高校時代に買ってもらった新品の桐の下駄と爪皮(つまかわ)を掛けた足駄がある。しんしんと降る雪の中、音の消えた町を足袋をはき、雪道を歩いてみようか。
雪が降ればなぜかふっと子供時代がよみがえる。ストーブにあたって切り餅の木口を煙突に当て、上から下へ引くと熱さと力加減もあるがとカンナ屑よろしく“しゅー”と「極薄の餅」ができた。失敗すると焦げたにおいで怒られる。郷土の偉人、アラビア太郎は「おかゆの鍋のふきこぼしが乾いて薄紙のようになっているのにヒントを得てオブラートの製法を発明したという*」。今思えば親の庇護のもと安心した生活があったのだろう。雪が降るとそんな郷愁がよぎる。今年は膝が痛く、窮屈な格好で十分な雪囲いもできなかった。父親は何と思っているだろう。
*秋田経済11月 特別寄稿 田中玲子 私の尊敬する人より
先月、【音・色・いろいろ】の拙文に対し、東京のW氏から『ウォークマンから聞こえる印象的な色の歌の一つ「夢一夜」の“紅をひく”がどうにもへばりついてしまった』とあり、2番の歌詞が添えられていました。
♪恋するなんて 無駄なことだと 例えば人に 言ってはみても 貴方の誘い 拒めない
最後の仕上げに 手鏡見れば明かりの下で 笑ったはずが 影を集める 泣きぼくろ
貴方に逢う日の ときめきは 喜びよりも せつなさばかり
ああ 夢一夜 一夜限りと言いきかせては 紅をひく
貴方を愛した はかなさで 私はひとつ 大人になった ああ 夢一夜
一夜限りで醒めてく夢に 身をまかす
「夢一夜」 作詞 阿木燿子 作曲 南こうせつ 唄 南こうせつ

平成29.12月






















