秋田東北商事株式会社

NEWSお知らせ

2019.04.26 | 事務美貌録

第四十回投稿 事務美貌録 5月号

 ♂の「さ」です。春らしい気温になり過ごし易い季節になってきました。今年は雪が少ない年でした。そろそろドカッと積もるだろうと身構えているうちにそのまま春が来た気がします。雪かきも数える程度しかしなくて済むようなとても過ごし易い冬でした。毎年こうであれば助かるのですが・・・。

一球 油そば

 今回は秋田市手形にある「一球」というラーメン屋を紹介したいと思います。秋田を代表する有名なラーメン屋でありご存知の方も多いことと思います。秋田大学の近く(手形)にあり学生も多く訪れ平日、休日問わず店前に列ができます。私も長年通っていますが大好きなお店です。「一球」と言えば「油そば(写真:右)」が有名であり店内を見ても油そばを注文している人が多く見られます。太い縮れ麺に特性のタレが絡められていて、一口食べれば箸が止まりません。

一球 煮干し

油そばと二枚看板の「煮干し」もおすすめです。通常の「煮干し」と「煮干し 極(写真:左)」の二種類がありますが、極の方が煮干しの風味が強く煮干しが好きな方にはこちらをオススメします。豚骨煮干ではないので、見た目よりもスッキリとしたスープで飲みやすくこれぞ煮干しという感覚を味わえます。※先月、一時的にスープに変化(見た目から)があったのですが元に戻っておりました。食べられた方はラッキーかもしれません。
 また、先程の2品に隠れてはいるものの中華そば、豚そばというメニューもありこちらもとてもおいしいです。一球に行くと必ずこれを頼むというのが決まっていないためいつも券売機の前で悩んでしまいます・・・。
 様々なメニューがありますが全メニューにおいて太い縮れ麺であり、これが魅力の一つであると思います。元はストレート麺なのですが、店主が茹でる前に1玉1玉手でこねて縮れを作っており、縮れのおかげでスープ・タレが麺に良く絡み合っています。カウンターに座るとこねている様子が見えますので是非覗いてみて下さい。

 連休が目前ですが、元号変更まで残すところわずかです。平成生まれの私にとって元号変更というのは初めてのことです。元号が発表されて間もなく1ヶ月が経ちますが、「令和」も既に聞き慣れてきたように感じます。祝賀ムードの元号変更ということで、世の中がどういった雰囲気になるのかどこか少しワクワクするような気持ちです。

2019.04.26 | 社長だより

社長だより vol.53

【うれしいいただきもの】

 3月初めに鶯の初鳴きを聞いた。立派な「ホー、ホケキョ」であった。そして4月7日につばめを見た。いつもだと田植えの時と思うが、今年は何かいいことがあるのかもしれない。つがいがよくぶつからいものだと思うほど急旋回急上昇を繰り返している。時折視界から消えるがきっと巣の点検でもしているのだろう。
巣というと、しばらくぶりでマイ畑に出掛けたら、カラスが去年と同じ場所に大きな巣を作っているではないか。ほぼ完成している。あわてて壊したのだが、1週間後また作り始めている。諦めさせるために近くの巣作り材料を集めて焼いた。というのも、昨年は相当に被害を被ったので今年こそはの思いをカラスに伝えたかったのだが彼らは分かっただろうか。それとも毎日見回りするわけでもないので今年も返り討ちか。

木村屋のあんパン

 嬉しいことや悪いことはよく重なると言われるが、先日1日のうちでこんな嬉しいことが続いた。
 その1
 午後、プラントメーカーさんが来社されたのだが、この方はいつも東京の木村屋のあんパンをお土産に持参される。小ぶりだが酒種生地、しっとりやさしい味だ。今はやりのバターで胸焼けするだけのパンとは違う。今年150周年だそうだ。この歴史が味といってもいい。安達巌*が「餡餅の皮をパン生地に変え、これに小豆餡を包んで焼いたもの・・日本酒のもとを発酵源としているので日本酒の香りがありこれなら日本人社会に抵抗なく受け入れられること間違いなし」と書いている。また、来社される方のメール文章は和む言葉遣いをされる。私には一生かかっても真似できない。この方、まだ40歳そこそこ。どこでそのような心を身につけられたのだろうか。こうゆう方に社長になっていただきたいものだ。

しいたけ

 その2
 夕方早めに帰宅したら、家内が、向かいの奥さんが、“シイタケがとれた”と言って両手に余るほど持ってきてくれたと言う。当然、夕食にホイル焼きのシイタケが並んだ。私も昨年秋にほだぎを13本買って駒を打った。3本はなめこだ。今春はなると思って期待していたのだが、今のところその気配がない。暗いところにただおけばいい、なんてよこしまなところにはきっと出てこないのだろう。家内に“もっと榾木を買う”と言ったら、一蹴されてしまった。やはり向かいのご主人のような手入れができなければ了解は得られない。

筍

その3
 夕方、湯河原から冷蔵宅急便で筍が着いた。私の駄文にいつもさりげなくご批評をいただく方だ。ヒヤッとしている。大きいほうを縦に割り従姉へ、小さいほうは義兄に即配達することにした。家内は折角新鮮なのだから直ぐに煮るという。私はてっきりコメのとぎ汁かと思っていたら、以前から米ぬかを使っているとのこと。煮立っている匂いを嗅いでみたらあっさり作った豆乳とかホワイトソースのようだ。竹串が通れば後は一晩水にさらせばいいとのこと。翌日の味噌汁に早速出てきた。本当にサクサク感がある。家内が好きなのもわかる。

仙臺駄菓子

 その4
 筍と一緒に母がたの従姉から仙台の笹かまぼこと仙臺駄菓子も届いた。駄菓子も私の好物の一つ。同じような袋菓子もあるがありがたみが違う。機械でつくれば形も味も一緒。金太郎飴だ。しかし、手作り駄菓子には歴史や職人の息遣いを感じ、思わず見とれてしまう。駄菓子と言えばなんかレトロのイメージもあるが、いただくと懐かしさで美味しさがこってり倍増する。私は特に『ねじり』が好きだが、これは家内と意見が一致する。

*文芸春秋編 巻頭随筆 『明治天皇とあんパン』

令和元年.5月

2019.04.01 | 事務美貌録

第三十九回投稿 事務美貌録 4月号

桜

 今年は雪が少なかった為、例年より暖かくなるのが早いように感じます。桜の開花が待ち遠しい季節となりました。暖かい日が続いた為、桜の開花も早いのかと思い調べてみたところ、福岡では3/19に開花し、西日本・東日本ともに3月末から満開を迎える所が増えてくる見通しとのことでした。
 気温の高い夏から秋にかけて作られた桜の花芽は、冬になると一旦休眠し、真冬に一定期間厳しい寒さにさらされることで花芽が休眠から目覚め、開花に向かう事を休眠打破と言うそうです。今年の冬は、日本付近に寒気が流れ込みにくい状態が続いていたため暖冬となり、休眠打破が鈍く花芽の成長のスピードが少し遅めのところもあるようです。
東北北部は4月下旬にポカポカ陽気でお花見を楽しめる所が多くなりそうだとありました。今から楽しみです。

(写真は、昨年卸団地内の公園で撮影したものです) 

 又、4/1に新しい元号が公表される事もあり、「平成最後の・・・」という言葉を良く聞きます。今年限りですが、新天皇が即位する5月1日と、即位を宣言する即位礼正殿の儀が行われる10月22日を祝日とし、祝日と祝日に挟まれた平日は休日にすることが祝日法に規定されている為、4月27日から5月6日まで10連休となるようです。私はまだ連休の計画を立ててはいませんが、すでに予定を決め楽しみにしている人も多いと思います。

 昨年も4月号を担当し、同じ様な内容になりますが、私がいつも見ている、全国健康保険協会(協会けんぽ)のHPの今回の記事は『よく噛んで、ずっと元気に!』という題名で、よく噛んで食べることは、生活習慣病の原因の一つである肥満の予防になります。よく噛むことによって、脳は少量でも満腹感を感じやすくなり、食欲が抑えられます。食事のときは、一口30回噛むように心がけましょう。さらに、よく噛むとだ液がたくさん出ます。このだ液は、口の中を清潔に保ち、むし歯や歯周病の予防になります。また、だ液が多いと消化を助けてくれるので、栄養の吸収がよくなるそうです。
  【よく噛んで食べるための7カ条】
   毎日どれか一つでも続けて、よく噛んで食べることを習慣づけましょう。
   1. 一口30回、噛んで食べる
   2. 右で10回、左で10回、両方で10回、噛んで食べる
   3. 飲み込もうと思ったら、あと10回噛む
   4. 食べ物の形がなくなるまで、よく噛む
   5. 先の食べ物を飲み込んだら、次のものを口に入れる
   6. 口に食べ物が入っている間は、水分を摂らない
   7. 一口食べたら、箸を置く
 よく噛んで食べることで、食材本来の味を感じることができ、あごを開けたり閉じたりするため顔などの骨や筋肉が動き、これにより血流が増加し、脳に酸素と栄養が送られるため、脳細胞の働きが活発になり、反射神経や記憶力、集中力、判断力などがよくなります。子どもの知育を助け、高齢者では、認知症の予防にもなります。
 さらに噛む動作によってあごや口のまわりの筋肉を動かすことは、表情を豊かにしたり、きれいな発音で話すことにもつながり、イキイキとした表情でのコミュニケーションの後押しとなることが期待されます。とありました。私は、右で10回・左で10回・両方で10回噛む事から始めてみようと思います。

2019.04.01 | 社長だより

社長だより vol.52

【待ち遠しい】

“はだれの雪”

 起きたら「はだれの雪」だった。“雪だよ”、“まだ降るんだね”と、短い会話。いつも通り新聞を読みながら二人の朝食。“4月の食べ物ってなんだっけ?”と聞いたら、 “筍”という。“まだ先でない?”と言ったら“もうすぐ店頭に並ぶよ”と明るい声。筍は確かに季節物だ。それも旬がかなり限られている。いくら今年は季節が早いと言っても早過ぎるのではないか、と思ったが、黙っていた。もし今店頭に出るとしたら、伊豆あたりの南向きの斜面にある孟宗竹だろう。家内は筍が大好きだ。米のとぎ汁でごぼごぼゆでているあの“ぷーん” という匂いが待ち遠しいようだ。
 私はたいして筍が好きというほどでもないが筍料理は色々食べさせてもらっている。中でも短冊切りの筍と豆腐を3センチ角・厚さが1センチぐらいのものを油で揚げ、豚肉を入れて味噌あえしたものは大好きだ。子供たちもその味を記憶しているらしく、時期になれば送っているようだ。筍はしなっとしているがカリッとする歯触りを感ずるから妙だ。

 子供のころ親に連れられ、汽車で東北線を上ると車窓によく竹林が見えた。秋田ではなかなか竹林というものを見ることがないのでその地域性というものをずっと感じていた。特に孟宗竹林はなかなか見当たらない。2か月に1~2回、二人で由利本荘市にある塩化物強温泉に浸かりに行く。その浴場は南向きだが、孟宗竹林の小山の斜面が間近かに迫っている。たまに差し込む光が竹林の揺れで湯船にキラキラ影を作っている。 湯船を独り占めにした時は日本画家になったり、時代劇の主役になったりゆっくり想いにひたっている。

 入社して2~3年頃だったと思う。勤務後の楽しみ、二組で麻雀をしていた時、誰かが“明日筍狩りに行こう”と言った。回りも“行こう・行こう”となった。親戚に営林署の人がいたことを思い出し、電話をすると“案内するよ”と快諾。翌土曜日、3台の車に分乗し旧比内町にあった分署に向かった。全員にヘルメットを渡してくれ、いざ十和田のネマガリダケがり。専門家?の後ろをついて行くだけでいくらでも採れた。一応クマよけで鈴を渡されたが、昨今のようなクマ被害の心配もなかった。昼食でそのネマガリダケでの味噌汁。出汁も出て四十年たった今もこの舌にその旨さがしっかりと記憶されている。袋一杯の収穫で意気揚々全員帰途に就いた。
 

09_64②

ところが、社長から大目玉を受けることとなった。前日の金曜日に鹿角から合流したS君が比内の直線道路でスピード違反の取締りにひかかってしまったのだ。出発時、大館に全員が集まることにしていた。しかし最後のS君が来ない、来ない。誰か迎えに行くか、そんな話をしているところにやっと来た。S君から説明を受けて、みんな“馬鹿だなー”と笑ったのだが、社長から“なぜ違反をするような運転をするのだ”と、全員が懇々と諭されたのだ。今でも筍というとこの一連の出来事が思い出される。S君は元気だろうか。

 我家は、今白梅が満開。山菜にはまだ早いがゼンマイ・こごみ・たらの芽・わらび・山うど・あざみ等、土の声の合唱が聞こえてくる。今ではわらびを採るくらいしかできないが、深い雪の後出てくるのでいじらしい気持ちになる。家内はたらの芽を食べたいという。私は“ふーん”と相槌を打つが今ではなかなか手に入らない。たいしてうまいとは思わないが、秋に業者が枝を切り取り、促成栽培をしたものを買うことになる。なんかばからしくなる。私は“あざみ”の味噌汁が好きだ。待ち遠しい。

平成31.4月

2019.03.01 | 社長だより

社長だより vol.51

【芸術家と職人】

 もうすぐ三月というのにまだ底冷えが残る昼前に、秋田県文化功労者、故平野庫太郎さんの回顧展にむかった。きっと2階ロビーの中央に展示されているのだろう。しばらくぶりの再会に心ときめかせて階段を上がった。しかし、どこにも回顧展の雰囲気もなく“開催日を間違えたか”と不安になりながらも進んでゆくと、その“回顧展があった“。まるで人目を避けるように、目立たないようひっそりと“展示”をしていた。派手なことを嫌う平野さんらしさともいえるが、友人と指導を受けた二人から「展示の配慮へ残念がる」意見があった。

油滴天目釉盃

 展示品の中に、個人所蔵品として「油滴天目釉盃」があった。同種の杯は私の手元にもある。偶然の妙なのかわからないが、今まで見たこともないことのほか上品な“模様”なのでいつも小さな茶箪笥の中に見えるように置いてある。
 案内パネルに解説があった。『鉄を多く含んだ黒色の釉薬を天目釉と言います。その中で表面の丸い形がまるで水に浮く油のように見えるものを油滴天目釉と言います。酸化焼成すると銀色になります。丸い斑点が出るようにするためには焼成温度が大事です。平野はこの油滴天目釉のことを『光の当たり具合で多彩な表情を見せてくれる』と話していました』とある。(パネル原文の通り)今改めて杯を手に取ると、作務衣で釉薬をかけたり窯を見ながら “どんな表情で出てくるかの一瞬が面白いんだよ”と彼一流のおしゃれさが呼び掛けてくるようだ。

 作陶を依頼していた小ぶりの天目茶碗の約束はかなわなかったが、一度彼に聞いてみたかったことがあった。以前から“芸術家と職人の違いはどこにあるのか”というものであった。今となれば聞く由もないが、きっと“それを俺に聞くのか”と、いぶかしく思ったろう。私はその違いをずっと「鍛冶・大工など日常生活に密着したものを作るのが職人」ぐらいにしか感じていなかった。しかし、同じ職人でも秋田特産の銀線細工・川連漆器・組子細工などの一流品は繊細で心和ませる美術品だと思う。一方、音楽・絵画・陶芸などは芸術と言われる。生活のための仕事としてできればいいが、本来は自分自身のために何かをしなければ生きていられないという原点があると思う。“平野さん、芸術家は創造性・独創性で思いを巡らせる何かを表現することを目指し、職人は習熟された技術で最高の調度品を作る。その評価が美術品にもなりうると思いますが、どうでしょうか。ただ、創造性や独創性の評価基準は人により相当な差もあるでしょう。芸術家は生活ができればいいのですが、頼りはその人の信念というところでしょうか”。私は精々美術館巡りをし、彼らの思いや技を楽しむことにしよう。

09_63②

  秋田市の北に隣接する南秋田郡に五城目町がある。この町は古くから職人の町として知られている。建具とか鍛冶で有名だった。特に組子細工の衝立て・欄間、そして箪笥など指物に目を見張るものがある。一度五城目町役場で心惹かれる衝立に出会ったことがある。組子細工をよく見ると切子と切子の組み合わせ部分が斜めであっても寸分の違いもない。現代の名工、秋田県文化功労者 故小高重光(こたかしげのぶ)の『木を織る』という冊子に、 『光を通してみる組子細工の模様は見る角度によってさまざまに表情が変わる』とあった。
(写真は小高の組子4枚引き戸の一部、ニューヨークの展覧会に出品された花模様創作建具、昭和58年)

平成31.3月

2019.03.01 | 事務美貌録

第三十八回投稿 事務美貌録 3月号


 三月といえば雛祭り。お雛様を出すのに良い日とされているのが二十四節気の一つに当たる「雨水の日」。空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始める頃。雨水の日にお雛様を出すと良縁に恵まれると言われています。ただ、私にとって「雨水」といえばマンホールの蓋の文字ですね。
 今回ご紹介するのは、雛街道としても有名な山形県酒田市。かつて京都、大阪から北前船により由緒ある雛人形が酒田に運ばれてきたのだそうです。その北前船がデザインされている酒田市のマンホール。観光地に行くとカラーマンホールがズラーっと並んでいるのです!!マンホール好きには堪らない街!!(我が家は全員大興奮!!)

山居倉庫と山居橋をデザインしたもの。山居倉庫と新井田川を往来する千石船。
帆に描かれているのは旧酒田市章。 

カラーマンホール③
酒田市の花トビシマカンゾウ、市の鳥イヌワシ、日本海に浮かぶ飛島をデザインしたもの。
日和山にある日本最古(明治28年)の木造六角灯台と、そこから見える酒田港と江戸時代に酒田から大阪まで米や紅花を運んだ千石船のカラーデザイン。

 米どころ庄内のシンボルである山居倉庫を散歩しただけでもこんなにたくさんのカラーマンホールに出会えました。観光の1つとしてマンホールを取り入れているんですね。酒田駅前や他の文化財施設の周辺でも探してみるとたくさんあるそうです。
 お隣の鶴岡市にも10種類以上のマンホールがあり、カラーも4種類あるそうで、今度はゆっくりマンホール探しをメインで訪問したいAMAZING庄内!な『な』でした。

2019.02.01 | 社長だより

社長だより vol.50

【Aさん】

 先日、長野県のあるメーカーさんから、『「スノーモンキー」目当てでオーストラリアからバスツアーが来ています』とお話があった。バスを降り、わざわざ雪道を数キロも歩いての見学だそうだ。テレビでよく見るが雪がはらはらと降りしきる中、行儀よくみんな前を向き気持ちよさそうにじっと温泉につかっている。金時芋のような顔を一層赤くし、目をつむりうっとりしている姿に思わず顔もほころぶ。彼らは何分ぐらい入っているのだろう。出るときは毛が“ペタッ”としている。湯冷めをしないのだろうか。

切絵 元絵 カレンダー

 私も結構温泉に行く。といっても数か所の町中スーパー銭湯の回数券を買っての入浴がほとんどだ。その中の一つを軸に土日・祭日を利用して畑仕事がなければ家内との気楽な温泉巡りをしている。ねらい目の温泉は、自動車道を利用してほぼ1時間圏内の「混まない」温泉だ。目下三か所ある。北に向かって概ね50分。かつて秋田の奥座敷と言われたところで、大きな湯船は湯量豊富かけ流し、肌つるつる強塩泉の湯。二か所目は日本海を右に見ながら南下して、小一時間。建て替えをした料金高めの温泉旅館。塩化物強温泉で切り傷に良いそうだ。露天風呂もきれいでほとんどいつも独り占めだ。三か所目は秋田から東へ1時間ちょっとの無色透明な湯を持つ小さな温泉宿。一昨年大水害に見舞われ、廃業かと思われたが、ボランティアの支えで立ち直った。無色透明な優しい温泉もいいのだが、特に玄関の戸棚に展示してある古い楢岡焼や佐竹さんからくだされた調度品が目を癒す。内蔵(うちぐら)には見逃せない陶器など多数あるようだ。何とか見せていただきたいものだ。

 ところで、私が一番多く利用している町中温泉にかなり変わった人がいる。Aさん、としよう。歳は68・9ぐらいだろうか。五分刈りで色黒、中肉中背で切れ長の目。この浴場でのマナー指導係を自任しているようで、“使用した腰掛や桶を片づけ、足元の汚れをながすように周辺の人に熱心にご指導”をされている。
 このAさん、風呂から上がって脱衣場に上がる足ふきマットのはじっこに、『3点セット』を必ず置く。最初に置くのがシェービングクリーム、次に頭マッサージイボイボ、最後がカミソリ。しかもマッサージイボイボ、剃刀の刃、どれもマットに直接触れるように置く。最初に見たときは“えっ”となったが、最近はこのルーチンにも慣れてしまった。しかし、先日初めて脱衣場での一部始終を見て“新たな発見”をした。湯上り時と同じあの足ふきマットに『3点セット』を並べ、さらにタオルも置いてから服を脱ぐのだ。さしもの私も驚いた。というのも、このAさん、洗い場に入ると腰掛と桶の表裏を徹底的に磨き上げてから使う人なのでなおさらだ。

 しかし、ここまでは“変わった人だ”、で済むのだがムッとするルーチンもある。このAさん、湯船に入る時、湯口に真っすぐ向かい、混んでいようといまいと流れ出る湯で足腰・腕を入念にマッサージ、そのあと湯船を3往復するのだ。 「スノーモンキー」は静かに入っているのに、だいたい丸見えではないか。
という、私は“あの足の悪い白髪(しらが)男”、「もう少し丁寧に体を洗えないのだろうかとか、入ればすぐ上がる鳥こ(とりこ)男、前頭級出腹男」などと言われているだろうな~。お~、くわばらくわばら。

平野庫太郎さんの回顧展

 こんな話の後、なんですが、2月13日~3月31日、平成9年度秋田県芸術祭選奨を受賞した、故平野庫太郎さんの回顧展があります。場所は金足の秋田県立博物館です。お近くによられたらどうぞご覧ください。彼の深いしっとりした色調に心が遊びます。平成30年8月、その人柄を惜しまれながらまだまだ早い鬼籍入りでした。

*受賞作品解説より: 釣窯釉面取壷(きんようゆめんとりつぼ)
高度な芸術的表現を可能にした陶芸技術が繊細な優美で品格の高い世界を創出した。独特な釉調を端正な形に定着させるとともに、釉の効果を十分に発揮させた作品として高く評価された。

平成31.2月

2019.02.01 | 事務美貌録

第三十七回投稿 事務美貌録 2月号

カメラ

 突然ですが我が家では犬を飼っています。今までスマホで愛犬を撮影していましたが、もっとステキな写真が撮りたいと思い先日カメラを買いました。

 奮発してミラーレス一眼カメラを購入。10年程前にデジタル一眼カメラを買いましたが、大きくて重くて中々持ち歩く機会がありませんでした。10年一昔といいますが、やはり10年前のカメラと比較すると、技術の進歩はすごく、一番気に入っている機能が自動でスマホに写真が転送できる機能です。今までは写真を撮影してパソコンに取り込まなければいけませんでしたが、スマホに転送される事で撮影へのハードルがぐっと下がった気がします。

 早速カメラを持ってカフェ巡りをしてみました。ラテアートとフレンチトーストです。個人的にはスマホで撮影するよりいい写真が撮れたと自己満足しています。

カフェ

 カフェではありませんが、大館市の花善で鶏めしを撮影。

 秋田駅ではイルミネーションが綺麗だったのでスマホ越しに撮影してみました。

秋田駅イルミネーション

 F値?露出?ISO?と不明な用語だらけでその都度ネットで検索したり本を開いて調べたりしていますが中々覚えられません。愛犬がステキに撮れるのはいつの日になるのか、もう少し練習が必要な“さ”でした。

2019.01.07 | 社長だより

社長だより vol.49

【守れない一年の計】

 以前、友人から何かのはずみで、“お正月の色は?”と聞かれたことがあり、「真っ白な湯気の色」と言ったことがある。物心がついた時(昭和25年頃)、生家は土間で餅つきをしていた。当時、まだかまどがあり、年末はせいろで米を蒸かし、母親や叔母が、時折つまんでは、“まだだ!”とか、“もう、えべ!”などと忙しく立ち回っていた。せいろはよくテレビなどでみる丸型ではなく、がっしりした四角の木枠でできたもち米専用のせいろだった。石臼に目の粗い丈夫な蒸かし布ごと“どん”と入れると、もうもうとした湯気で土間が真っ白になる。父親が半殺しまで、“ふうふう”とこねる。子供ながら蒸かしたての米の匂いを思いっきり吸い込み幸せを感じていた。その頃から、湯気の色がお正月の色、というよりも、新年を迎える色になった。いつか、餅つきを再開したいと感傷に浸ってきたが、もう到底できる歳でもなくなった。我が家の餅つき行事は昭和38年ごろに途絶えた。

あけぼの(ブルートレイン)

 もう一つ忘れられない色に、『東雲色(しののめいろ)』がある。私にとって上京は“あけぼの”(ブルートレイン)が当たり前。大宮を通過する頃、東の空がしらばみ、やがて東雲色がどんどん濃くなる。この色も忘れられない。今、秋田港にブルートレインたちが集結している。皆でどこに向かおうとしているのだろう。

 ところで、お正月、と聞けば「初日の出・年始・初詣・おとそ・おせち料理・書き初め・初夢」などいろんなしきたりみたいなものが格別な意味を持ったような面持ちになる。特段に変わる道理もないが、季節の移り変わりを大事にした祖先が節目節目に自然へ感謝してきたものが我々の生活に息づいてきたのであろう。その変わり種に「一年の計は元旦にあり」と言われるものがある。
 昨年は『海坂藩の地図を作る』というものであったが、いつものことながら全然できなかった。まだ、時間もあると構えたが、この歳になれば時間も異様に速く進み、「2月頃に、『立花登 青春手控え』にはまったせいがあるかもしれない」などと、できない理由も食えなくなる。何せ布団での勉強。15分と持たず、頭では、“あの辻を曲がれば旅籠、番屋はあそこで、太物屋はここ”などと毎晩同じように下書きをしていた。NHK放映(12月21日)の「立花登 青春手控え」最終回、登とちえは言葉でない約束をした・・・。

 今年は長年の夢、認知症予防を兼ねて、ピアノを習おうと秘かに思っている。子供が習っているのを聴いて、自分もやりたかったことを思い出す。しかし、節くれだった指をじっと見つめ、左右の指を一本おきに交互に動かしてみるがなんともぎこちない。鍵盤に指の番号を書いてもどうにもならないだろう。絡まるのも容易に想像がつき、数日後の挫折がみえる。トルコ行進曲?馬鹿なことを言うな!

 これまで、運よく家内ともども若年性アルツハイマーにはならなかったようだ。できるならぽっくりと逝くまで認知症にならないのが目下の願い、そして私が先に待っている、これが理想だ。
長い間、主のいないピアノに向かう準備、調律はいいのか、などと心配をせず、いつもの通り緩やかに心構えを問い、先ずやってみるか!
“そうだ、ピアノにお供えをしていなかった・・・”

平成31.1月

2019.01.07 | 事務美貌録

第三十六回投稿 事務美貌録 1月号

 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

猪

 今年は「亥年」になります。インターネットで調べてみると、十二支の中で亥年は最後の年、子年から始まった一つの流れがいったん終わりを告げ、次の始まりの向けて新たなエネルギーを蓄える年でもあります。
 また、動物の「猪」のイメージから「無病息災」の意味もあるそうです。病気になりにくい年とはされていますが、無茶なことをすれば当然病気になる可能性はありますので、無理はしないようにしましょう。

福袋

 さて、今年の年末年始は、みなさんどのように過ごされましたでしょうか。例年よりも長いお休みで、ゆっくりと過ごしたのではないでしょうか。年明けといえば、初売り。初売りといえば『福袋』です。福袋は中身が見えないので、開ける時のドキドキ感が何ともいえません。中身も選ぶことができないため、全て気に入る商品が入っているとは限りません。でもなぜか買ってしまいます。
 数年前に、某コーヒーショップの福袋が欲しくて、元旦の朝早くからショッピングモールに並んだ記憶があります。(残念ながら買えませんでしたが)。ここ数年はネット抽選で当選した人だけが買えるというシステムになり、当選する気満々で申し込むも落選という結果で終わりました。当選も落選もネット上で分かるというのは、とても便利なのですが、元旦の朝早起きをして寒い中並び、やっと手に入れるのが福袋の醍醐味ではないかと思い、ちょっと寂しい気持ちになりました。

 今年は新しい年号に変わる記念すべき年です。どんな年になるのかは自分次第だとは思いますが、みなさんとその家族がいつも笑顔で元気に過ごすことができる年になることを願います。

2018.12.03 | 社長だより

社長だより vol.48

【確率】

 “えっ、当たってる?まさか?”。早鐘のように心臓がドキドキする。“本当?”、息を詰めて『1等宝くじの番号』に紙を当て、新聞に照らし合わせ、左から一つづつずらして数字を確認してゆく。思わず“わー”と叫び、めまいがし、卒倒しそうになる。数日後、気持ちを落ち着かせ、もう一度確認して銀行へ乗り込む・・・

 大暮(おおぐれ)は何かと気忙しいが、お正月をひかえ、何となくウキウキもする。その高揚させる一つに宝くじがある。雑踏の中で宝くじ売り場に出会うと、“これは神様の引きあわせだ。当たるかもしれない”と、かすかな幸運へ心が躍り、家内から白い目で見られながらもついつい連番20枚、バラ10枚などと買ってしまう。典型的な衝動買いだ。もちろん今まで300円以上のくじに当たったことはない。しかし、買ったその夜だけは、もし当たったら、『純数寄屋で建て直すか、しかし、この歳だ。好きな温泉場に引っ越ししようか』などと一瞬膨らんだ夢を見る。しかし直ぐに、『いやいや、まずは自宅で終末を迎えるために、訪問医師・看護師・介護士と相談しよう』などと、一気に現実に押し戻され、夢見ることさえ虚しくさせられる。

宝くじ売り場

 よく、高額当選くじが出ると噂がある売り場は、購買者が引きも切らない。果たして高額当選が多く出る売り場があるのだろうか。あるとすれば勿論その売り場に並ぶ。しかし、常識的に考えても1ユニット1000万枚に1等が1本、2等が5本とか言われているようだが、 特定の売り場に当たりくじが出るということはないはず。ただ、発売枚数が多い売り場であれば当選の確立が高くなるのは当然だろう。
 滅多にテレビで抽選会をみることもないが、0から9までの数字が等間隔で割り付けられている円盤風車に音楽が終わると同時に“ビシッ・ビシッ“と矢が放たれ、“組番号、100の位、10の位、1の位、・・・”と左から順に発表されてゆく。かすったためしもない。冷静に考えると、当たる確率は一桁ごとに10分の1の確率であり、組番号も入れると9倍となる。1等1本だけでみれば実に1億分の1の確率?本当かな?車の登録ナンバーは自分で選べるが、宝くじのあたりは全くの人任せ。一喜一憂することもないほどの冷酷な確率であり、結果、否応なく「当りと外れ」しかないことに気づかされる。

09_60②

 帰宅した私に、家内が“テレビで聞いた”と明るい響き。“過去高額当選者の星座は、ふたご座、さそり座、みずがめ座、おとめ座だそうよ”、と。なんと、我が家の長男・長女・妻・私でどんぴしゃりだ!こんな偶然があったのだ。1等当選確率は複雑な確率計算になるが、なんだか高確率にみえてきた。しかし、冷や水も待っていた。“当選者の年代は60台、50代、そして40代の順”とのこと。「富久(とみきゅう)」や「芝浜」のようにうまくゆくはずもない。“いや、この際膨らんだ確率だ。信じてあの噂の売り場へ、大安の日を忘れずに買いに行こう!

平成30.12月

2018.12.03 | 事務美貌録

第三十五回投稿 事務美貌録 12月号

 11月18日に行われた、ブラウブリッツ秋田のホーム最終戦に行って参りました。当日は晴天に恵まれ、絶好のサッカー観戦日和となりました。これまでサッカーにはあまり興味がなかったのですが、息子がサッカーを始めるようになってから次第に興味を持ち、試合会場まで足を運ぶようになりました。会場には飲食店やグッズ販売などたくさんの屋台が並び、その他にも遊具の置いてあるキッズパークがあって、それだけで十分に楽しめます。ちなみに私のオススメは、“SUMMIT”のフライド ポテトです。           ⇒
2度揚げしているだけあって、外はカリカリ中はホクホク。塩加減も丁度良くとても美味しいです。

 肝心の試合結果は、カターレ富山に2-2で引き分けましたが、子供たちはくじ引きで当たったTシャツとタオルを手にとてもご満悦の様子でした。いつもは室内のスポーツ観戦が多いので、たまに外での観戦も開放感があって気持ちいいものだなと感じた1日でした。

 スポーツといえば、今秋田でホットな話題が、金足農業高校の吉田輝星投手です。ご存知の通り、ドラフト会議で日本ハムから1位指名され、11月15日に秋田市で仮契約を結びました。その会場となったのがポートタワー・セリオンです。その際、吉田投手が窓ガラスに残したサインをお目当てに、セリオンは連日多くの人で賑わっているようです。ご多分に漏れず私もサインを拝みに行って参りました❗ライトアップされたセリオンに負けないくらいサインが輝いて見えました。今月下旬に行われる入団会見が楽しみな I なのでした。

2018.11.05 | 事務美貌録

第三十四回投稿 事務美貌録 11月号

 早くも二回目の担当が廻ってきました、♂の「さ」です。朝晩が冷え込むようになり早くもストーブの出番がやってきました。日が落ちるのもすっかり早くなってしまい、まだ先ではありますが冬の到来が近付いているのを感じます・・。雪が少ないことを願うばかりです。

 先日、旅行ではないのですが奈良と京都に行きました。高校生時の修学旅行を思い出します。時間もあまりなかったため、ゆっくりはできなかったのですが奈良公園周辺を歩きながら少し観光気分を味わいました。奈良公園といえば鹿でしょうか。定番の鹿せんべいをあげましたが、せんべいをもっていると後ろからも服を引っ張られるので何度かびっくりしました。違う土地に来ると車の中から見る町並みや、ただ歩いているだけでも新鮮でどこかワクワクします。次に来る時は1日かけてゆっくり廻ってみたいです。

 京都では、一乗寺のラーメン通りと呼ばれるラーメンの激戦区に行ったのですが、想像以上にラーメン屋が多く立ち並んでいます。また、連休だったということもあると思いますが、どの店も外まで行列ができており圧倒されました。秋田でも人気の店では行列ができていることはありますが、周辺の徒歩圏内に何店舗も行列ができているのは初めて見る光景です。やはり、列んでいるとどこの店も興味がわきます。事前に行きたい店を決めていたわけではなかった為、かなり迷いましたが、「高安」というお店へ行ってみました。豚骨のような見た目ですが、鳥ベースのスープであっさりとした中華そばです。1時間近く並びましたが、待ったかいのある美味しい一杯でした。

2018.11.05 | 社長だより

社長だより vol.47

【反省】

菊

 朝ごはんに昨日摘んだ菊のおひたしが出てきた。薄口醤油を少したらし、初物を味わった。酢を入れてさっと湯がくだけとのことだがサクサク感がたまらない。また、いつからかセリとも違う苦みにも虜になってしまった。間もなく“もってのほか(右写真の赤紫)”も咲きそうだ。当分楽しめる。
 味噌汁は、里芋と豆腐と油揚げ。“ずずっ”と飲めば、とろみがなんともやさしく喉をくだる。じわっと染み込んでゆくような快感がそこにある。箸でつまむと、“さあ、食べてくれ、食べてくれ”と言わんばかりだ。芋だけでなく茎も入れてある。これは特に“とろとろ”で、逃げる茎をつまむのも楽しく、噛めば少しだけ歯にさわるが「生産者」が食べられる一品だ。これに茗荷(みょうが)を刻んで入れればよりすっきりした味に引き立ち、どこに出しても恥ずかしくない汁物になる。ついでだが、おひたしの脇に焼きニンニクもひとかけ添えてある。これは麹味噌(東由利の親戚から毎年いただく)をつけて食べるのだが、ほかほかご飯に少しのせて口に運ぶと舌が小躍りする。加えて定番の噛み応えのある黒豆やサンマの自家製佃煮で朝から食は進む。あとは今や遅しと『かぶの“がっこ”』を待っている。

 子供時分、母親は年配の来客にお茶うけとしてよく菊とエゴのやまかけを出していたことを思い出す。エゴは夕食にも並ぶがあっさりした食感が大好きだ。今は高級品かな?父はその頃、種苗交換会につがいの「白色レグホン」を毎年出展していた。数週間前から羽をお湯で拭いたり、尾羽を「こて」で伸ばしたりと忙しかった。特に雄の口の下にあるトサカと同じ赤い、なんというのか垂れている周辺が黄ばんでいて一生懸命拭いていたことを思い出す。くちばしの周りが汚れるのは仕方ないのではと思うのだが、今となれば懐かしい。

 秋田県種苗交換会は今年第141回めを迎える。農家の救済や農業振興に一生を捧げた石川理紀之助翁が34歳の時に創設したもの。県内の各市が持ち回りで開催する長い歴史と伝統を持つ農業祭典は全国でも珍しいのではないだろうか。稲作・野菜・花卉・果物と農作物全般の総合展示審査会だが、担い手不足・TPP協定など農業を取り巻く環境は様変わりをしている。今は鶏など家畜の展示はしていない。

旧奈良家

理紀之助翁の実家は今年の甲子園を沸かせた金足農業高校のすぐそばにある、旧奈良家の別家。勝つたびに全身をうしろに反らす校歌の歌いだしが『♪可美しき郷(うましきさと) 我が金足・・・』。そして教育方針は理紀之助翁の「寝て居て人を起こすこと勿れ」で、その教訓が今も脈々と受け継がれていると聞く。

09_59③

 手入れを怠った“わが農園”、今年はさんざんであった。特にカラスに悩まされた。網はかけていたが、5センチぐらいになったきゅうりを引っ張り出し、私の腰かけまで持ってゆき、皮を残して食うとか、カボチャやメロンをくりぬくように食うとかは当たり前。特に悲惨だったのがトウモロコシ。明日、もぐかという時、人よりも丁寧に皮をむき実を一つ残さず全部やられた。20本ほぼ全滅。あるもんでない!枝豆もがっかりした。高級な品種の発芽は遅いと勝手に思い、一生懸命水遣りをしていた。しかし、とっくに芽をやられたことを知らずに水遣りをしていたのだ。アホウ・アホウ。鼠もひどかった。サツマ芋の半数は写真のような被害に遭った。来年はしっかりと対策をとるぞ!

平成30.11月

2018.10.01 | 社長だより

社長だより vol.46

【人違い】

 先日、市内の総合病院でのこと。二階の廊下にある診察待合の長椅子に腰を下ろして間もなく、“コンドウヨシユキさん”と看護師が呼ぶ。“随分と早いな”と思いながら、「ハイ!」と腰を上げたところ、筋向かいの男性がすっと立ち上がり診察室に入ってゆく。“へえ、同姓同名か本当かな、ヨシユキはどう書くんだろう。こんなところで偶然があるんだなあ”と、コンドウヨシユキサンが座っていたところを見ながら目を閉じた。
 『コンドウヨシユキさんは大柄で180センチはあるだろう、がっちりした体形だ。上下黒のジャージーに黄色のストライプ、白黒模様のNメーカーのスニーカー、歳は42・3位か、眼鏡はなく、顔は四角で眉毛は太く、髪は短い。パーマはかかっていない。何やら書類のようなものを持っていた。沈んだ感じで、話しかけにくい雰囲気もあり、その筋の人か、今日は非番なんだろうか』などと思いながらうとうとしてしまった。

09_58①

 先月、この総合病院の採血センターで聞き覚えのある名前が耳に入った。「〇〇キヨカツ」さん、“キヨさんだ”。私がまだまだ駆け出しのころ業界でお世話になった方だ。偶然同じ診療科のようで、同じ名前をまた聞いた。2回こんなことが続いた。2回目に悟られないようじっくりと“観察”した。七十半ば過ぎと見える。体つきも当時に似ており、何よりはにかむような表情に懐かしさを感じた。
 私は当時この方から、『ナショナルのげんこつ』、2はつを入れた自作のスピーカを2台譲り受けていた。箱は20ミリのパーチクルボードで黄色い断熱材をぎっしり入れてあった。見てくれはともかく、音割れもせず、奥行きのある高音から重低音まで幅広く音色が伸びる優れもの。全体として柔らかい音色であり、感覚としてはダイヤトーンモニターの厚みにも劣らない20センチスピーカであった。

 キヨさんの消息は当時の関係者に尋ねてもようとして知れなかった。“これは偶然のチャンスだ「キヨさん!」、そう呼びかければピンとくるはず”と思って声をかけてみた。「失礼ですが、キヨさんですか?」、キヨさんは何か怪訝な面持ちで「この前も来てだすな!」と私の顔を覗き込む。私も見られていたのだ。“キヨさんだ!”しかし、返答は意外。少し笑みを含んで「いや、違うよ」という。仕方なく、「ああそうですか、失礼しました」と謝り、じっと看護師の呼び出しを待った。“過去を聞かれたくないかもしれない”とそれっきりにした。ただ、そんなに間の悪そうな表情にも見えなかったので、あの時の“キヨさん”に間違いない。
 2回も会えば単なる偶然とは思えない気もするが、長い人生から見ればそれほど低い確率ではないように思う。普段街で気づかずにすれ違っているのかもしれない。

09_58②

  そして昨日、同病院で嘘みたいなことに出会った。あの『コンドウヨシユキ』さんを会計で見つけた。服装も同じだ。これも偶然か。呼び名をじっと耳を凝らして聞いていたら “◇◇ドウヨシユキさん”と呼ぶではないか。“えっ”、「今の人、◇◇ドウヨシユキさん?」、思わず、窓口に確かめようとしたがやめた。これは同姓同名でなく、単に聞き違いのようだ。帰って電話帳で調べたら本名字はなく私も初めて出会う名字だった。 

平成30.10月

2018.10.01 | 事務美貌録

第三十三回投稿 事務美貌録 10月号

 最近、朝晩めっきり涼しくなり、秋の気配を感じます。つい先日お盆休みだったのに、もうお彼岸をむかえる季節となり、早いなあと感じます。

 お盆等の帰省から帰ってきた人にどのようなお土産を買ってきましたか?と聞いているテレビを見ました。その中に秋田からの帰省客で、秋田犬のぬいぐるみを持っていた子供がインタビューされており、秋田空港の職員の方もザギトワ選手効果で秋田犬のぬいぐるみが大人気だと言っておりました。
 秋田に住んでいながら秋田の事をあまり知らない事に改めて気付かされました。
 そこで、秋田空港のお土産ランキングを調べてみました。

秋田空港セレクション売り上げランキング

(秋田空港 おみやげ広場 あ・えーる より)

 バターもちが2つも入っておりました。私の中では、きりたんぽ鍋セットも入っていてほしかったです。(これから鍋の季節になる為)
 秋田のお土産をいろいろ調べてみたところ、ジローの「秋田プリン」をお勧めしている人が結構おりました。私はまだ食べたことがないので、今度食べてみたいと思います。

 食欲の秋ですが、私が良く見ているホームページには ~脱”早食い”で健康アップ~という記事が載っておりました。(http://merumaga.kyoukaikenpo.or.jp/r/c.do?Aj_8A_12_dky)
 早食いの人は、満腹感が得られる前に多くの食事をとってしまいがちになり、摂取エネルギー量が多くなるため、肥満につながると考えられているようです。よく噛んで(1口30回)ゆっくり食べることで、
○脳の働きを活性化します。
○食べ物本来の味がわかります。
○唾液がたくさん出て、口の中をきれいにします。
○消化酵素がたくさん出て、消化吸収を助けてくれます。
等、体にさまざまな良い影響があるようです。
 おいしいものは、ついついたくさん食べたくなりますが、よく噛んで、よく味わって食べてみようと思いました。

2018.09.03 | 事務美貌録

第三十二回投稿 事務美貌録 9月号

 先月の竿燈祭りに続いて、今月もお祭りのお話です。といっても、マンホール女子『な』がお送りするのは、お祭りが柄になっているマンホールのお話です。
 マンホールには各地のお祭りがデザインされているものが多くあります。秋田県でも、秋田市の竿燈祭り、能代市の能代七夕、横手市のかまくら、仙北市角館地区の曳山行事、湯沢市は犬っこまつりに七夕絵灯篭と大名行列がギュギュッとデザインされています。そして、この夏、秋田市に新しく国指定重要無形民俗文化財でもあります土崎港曳山まつりのデザインマンホールがお目見えいたしました!!
 7月20日21日のお祭りに合わせて、カラーのマンホールも登場しているとのことで、息子と二人でマンホール探しに出掛けてみました。いやー、探すとなかなか見つからないものですね。カラーのマンホールは歩道に多く、特に、インターロッキングブロックで舗装されているような駅前通りや公共の施設の近くにあるのですが、探せども探せども見つかりません。諦めかけて寄ったコンビニの近くに普通のマンホールを発見。しかも合流!!!
※マンホールは管路の分岐点や合流点に設置されており、蓋には「雨水」「汚水」「合流(雨水と汚水の合流)」などと文字が書かれております。

2018.9月.マンホール①

 
 「今日はこれで終わりにしようね」と写真を撮ると、

2018.9月.マンホール②


 そのすぐ近くにカラーのマンホールも発見!!こっちも「合流」!!土崎港曳山まつりと北前船がデザインされたこのかっこいいマンホール、8月11日、秋田市で第二段となるマンホールカードになりました。

2018.9月.マンホール③


 秋田市土崎みなと歴史伝承館にて配布しています。曳山の展示はもちろん、マンホールも展示してありました。真新しいマンホール、探してみてはいかがでしょうか?マンホール女子『な』でした。

2018.09.03 | 社長だより

社長だより vol.45

【うかつだった】

09_57①


  今年 4月20日過ぎにKHさんから葉書がきた。“あー、頑張っているんだな”と妙な安心感がかえって不安を募らせた。家内に“こんな葉書が届いたよ”とみせたら、“大丈夫かしら”と言う。彼の病状のことは以前から話してあるのできっと私と同じ思いだったのだろう。

 葉書にある作陶二人展開催の当日、まだ準備中の彼を訪ねた。ガラス越しだがいっそう痩せたように見える。やがて外にいる私を見つけ、あの人なつこい目で恥ずかしそうに“来たか”と見ている。外に出てきた彼は黒のハットをかぶっていた。“今回はギャラリー個展をやめ、普段興味のない人にも気軽に見てもらいたくてウインドーショップ的なミニ展覧会にした”と言う。しかし、声に張りもなくいつものあの開催意欲を伝えられないもどかしさを感じた。

09_57②

 二人で店の前のベンチに座り、作品を見ながら彼は病状のことやら展示作品のことを話し始めた。私が制作依頼している「小ぶりの天目茶碗」に話が及んだ時、私の手を握り、“わかってる、わかっているよ、頑張る”、という。私は励ますつもりだったが、つい “今回の展示作品は華やかさがないな”と、うっかり言葉に出してしまった。彼から一瞬“そんなことはない”と、声にならない強い語気を感じた。私も慌てて、“深みが凄みに見える”と口ごもったが彼に届いたろうか。独特な釉調を端正な形に現す芸術家に対し、たとえ本音であったとしても、まして今使えるはずもない言葉であった。それにしてもうかつだった。

 6月27日の朝にKHさんから『今日〇病院を退院です。次回から外来診療です。元気に頑張ります。ご心配をお掛けしております。ありがとうございました』とのメール。発信時間からして病院での朝食前、ベッドの上で書いたものだろう。私から、『おはようございます。いま千葉のホテルです。メールにKHさんの発信名、正直一瞬緊張しました。しかし、よかったですね。安心しました。そのうちに』、と返信した。
この「緊張」の言葉を使うのにはためらいがあった。正直、危ないのかと感じたからだ。というのは、5年前に四日市在住の二年先輩のWさんから携帯に、絞り出すような声で、“近藤さん、俺、今回はだめかもしれない”と言われ、翌日慌ててお見舞いに伺ったことがある。水も喉を通らない状態であったが意思そのものはしっかりしていた。帰秋して1週間、私の携帯にWさん名表示で電話があった。“えっ”、もしかしてと緊張しながら携帯を耳に当てた。やはりWさんではなかった。“父が亡くなりました。生前の秋田での暮らしが分かりませんので教えてくれませんか”という問い合わせであった。

釣窯釉一輪挿し

 8月8日、地方紙のお悔やみ欄でKHさんの訃報を知った。翌9日、顔写真入りでその業績が2段組みで大きく紹介された。そして、11日、同紙一面のコラムに “理想の街づくりを目指し、芸術文化を熱く語る真剣な表情が今も目に浮かぶ”と生前の活動が称えられた。葬儀には同期を始め、陶芸家・元教授を慕う多くの参列者が道半ばの終いを悼んだ。
 時間がないと覚悟する人の気持ちを知悉(ちしつ)することはできない。メッセージを遺されたものにとっては当惑しかないが、責任を解かれるかもしれないことを悟れば強さになるのかもしれない。私にその覚悟ができるだろうか。近況を知りながら言葉を交わすことなく、メールでのやりとりが最後になってしまったことをただただ申し訳なく思う。

平成30.9月

2018.08.01 | 事務美貌録

第三十一回投稿 事務美貌録 8月号

 8月の秋田といえば竿燈!子供の頃から竿燈祭りに慣れ親しんだ『さ』は竿燈祭りが大好きです。私のDNAを受け継いだのか、子供も竿燈が大好き。7月の練習開始からボルテージが上がって行き、8月の本番まで続きます。
 竿燈妙技会=昼竿燈とも呼ばれ、8月4・5・6日に秋田市にある「エリアなかいち にぎわい広場」で開催されます。大若団体規定・大若団体自由・大若個人・囃子方・小若団体規定・小若囃子方の6つの競技で各町内・企業より選りすぐりの技師達が競います。

 

 差し手と呼ばれる竿燈を上げている人達の真剣な眼差しを間近で感じ、青空に映える竿燈は夜の竿燈とは一味違います。(会場周辺は日影が少ない為、お出掛けの際には熱中症対策をお忘れなく)

 もちろん夜の竿燈も!竿燈本番が楽しみな『さ』でした。
 ※写真は昨年の竿燈まつりのものです。

秋田竿燈まつり公式WEBサイト
http://www.kantou.gr.jp/

2018.08.01 | 社長だより

社長だより vol.44

【父の書付け】

凌霄花

 今年も“のうぜんかずら(凌霄花)”が咲いた。例年、『土崎の港まつり』が終わって7月下旬なのだが今年は1週間以上早い。来年十三回忌の父はこの花が好きで、秘かに孫の長女へ「桂子」と名づけたかったらしい。私もこの花は、嫌いではないが、花の落ち方にしっくりこず、父には悪いなと思いながら別の名をつけた。もっとも、父は“のうぜんかずら”の“かずら”を「桂(かつら)」と思い込んでいたふしがあるので、もし「桂子」と命名して後で長女に説明がつかず困ったことになったかもしれない。

 父は几帳面な人だった。私からは想像もつかない性格だ。庭の草とりなどを見ていてもよくわかる。炎天下、年季の入った麦わら帽子をかぶり、座り込んで1センチにもならないような雑草を端から端まで根気よく抜いていた。よくそんなに丁寧に草とりができるもんだと呆れてもいた。だからと言って“手伝ったわけでもなかったし、自分の仕事あとを見ては真似できないな~”と、今朝、庭の草取りをしながらそんなことを思っていた。
 庭の掃除や草取りに欠かせないものに「蚊取り線香」がある。父から昔「蚊やり線香」と聞いていたが、いつしか「蚊取り線香」になったとも聞いたことがある。昔の白黒映画にはよく登場する「蚊取り線香」。子供時分、窓という窓を開け放ち、畳の匂いを嗅ぎながらの昼寝。風上から流れてくる煙を見て頼りなさを感じたものだが、庭掃除には実にいい仕事ぶりだ。

09_56②

  先日、断捨離ではないが、父の身の回り品を整理していたところ、三回忌後の整理で処分したはずの“書付け”が目に入った。私への最後の申し送りだったのかもしれないこの書付け。また目にしてしまった。父が死んでからの身の回品などの処分、読んで用が済んだらすぐに捨てるか、灰にするのが本当なのかはわからないが、私には捨てられないものとして遺してあったのだろう。
 親父が指に力を入れて書いたであろう書付け。私にこんな書付を遺せるだろうか。言われたことを実行し、まだ墓碑銘には両親の戒名しかないが、おっつけ親父に会って、“来たよ”ということになるだろう。まじめな父は“まだまだはやかったろう!”とたしなめるに違いない。父は全部整理をしてもらうことが希望であったかもしれないが、海軍時代の写真など簡単に灰にもできない。しかし、子供に後を託してもまごつくだけだろう。私が両親へ最後のおつとめをすることに越したことはないが、もしかしたら古いことに興味のある長女が後を継いでくれるかもしれない。

 私は父に不満はなかったが、あまり話したことはなかった。それは母に対しても同じだ。日常の漠然とした事柄について話し合うという習慣がなかったせいかもしれない。ただ県外に出ていた時、数度、国鉄の安月給家庭に無心の葉書を送ったとき、近況を添え書きしたことがある。おそらくこんなことを書いていただろうことは容易に想像できる。いまとなれば赤面するが、三回忌後の整理ではその葉書はなかったのできちんと子供の恥は残さないようにしてくれたんであろう。今、凌霄花の朱色の花が咲くと決まって父のことを思い出す。お盆ももうすぐ、仏壇もきれいにして迎えよう。

平成30.8月