秋田東北商事株式会社

NEWSお知らせ

2014.03.04 | 社長だより

社長だより vol.9

【寺内・八橋周辺 その3 史跡秋田城址】

 “寺内の高清水”と言えば、「奈良朝の秋田城址を中心とした史跡群が点在するところ」とぼやっと浮かぶ程度だ。しかし、史跡メモをみながら歩くと、勅使館・神屋敷・高清水霊泉・東門院跡・四天王寺跡・五輪の塔など当時の史跡があるある・・。地名でも綾小路・大小路・五輪坂、また、時の征夷大将軍の坂上田村麻呂にまつわる将軍野・幕洗川・大刀洗川・幣切山などの地名も数多くみられ、史跡丘陵地“高清水”は歴史好きにはたまらないタイムスリップポイントだ。

高清水丘陵

 この地に中央の勢力が直接及ぶのは、大化の改新後の斉明天皇四年(658)阿部比羅夫が軍船180隻を率い秋田浦にやってきたことに始まる。秋田城が最初に歴史に登場するのは、『続日本紀』の天平五年(733)に「出羽柵を秋田村高清水丘に遷し置く」だそうだ。秋田城は最初『出羽柵』という名称で呼ばれ、山形庄内地方から北の“高清水”に移され北辺拓殖基地となった。 

秋田城址

 “高清水”は起伏の多い独立丘陵で、標高は最も高いところで約50メートル。発掘調査から、秋田城址はこのような丘陵地の標高30メートル以上の高所を中心に構築され、二重の囲いからなっている。外郭と呼ばれる外側の囲いは基底幅約2.1メートル、高さ3メートル前後で粘土や砂を交互に叩きしめながら積み上げ、瓦をのせた土塀、京都・奈良の古刹でよくみられる築地塀だ。出入りのための門が普通四箇所に作られるそうだが、秋田城址では東門だけが発見されている。

政庁跡

 東西南北の最も長い直線距離は約550メートル。この外郭に囲まれたほぼ真ん中に東西94メートル・南北77メートルの築地塀に囲まれたところに政庁がある。秋田城の中心的施設で様々な儀式や国内外の使者などの接待を行ったりした場所で、白壁の正殿跡が確認されている。

 斑鳩の里からはるか辺境の地は蝦夷の抵抗、「元慶の乱(774)・天慶の乱(939)」を経て、中世にはその役目を終え、日本海からの強風に運ばれてきた飛び砂に埋められ、人々の新しい営みにより姿を変え、長大な築地塀も白壁の政庁も記憶から忘れられていった。昭和33年からの発掘調査で、律令制度や『続日本紀』の記述を裏付ける貴重な木簡などが多数出土している。
 外郭内に居住していると、秋田城は「もののふ」の砦というよりか雅の文化を辺境の地にもたらしているような雰囲気に浸ってしまう。ことに地平線からのぼる中秋の名月を背景にした東門は一層その趣をかきたてる。今は、雪に朱の門が映え、歴史の悠久さにすっぽり埋まっている。
(参照:金曜会編 史跡秋田城址・飯塚喜市ふる里道しるべ・あなたの知らない秋田県の歴史・平凡社秋田県の地名)

H26.2月

2014.01.28 | エコムジャーナル

青森だより vol.9

 今年の青森市は、寒い日が時折続きますが降雪量が少ないので、幹線道は路面が見えている部分も多いです。暖かい日には濡れ路面が夕方から凍結しアイスバーンになるため、気をつけなければなりません。それでも、雪かきの手間に比べれば、はるかに助かっております。
  下の写真は事務所付近の道路の状況です。昨年ははるかに雪が多かったのですが・・・

1月22日 時折強い雪が降りました 1月24日 夕方でも濡れ路面でした
1月22日 事務所付近 1月24日 事務所付近

青森市で冬のイベントがぞくぞくと開催されますので、ご紹介いたします。
  あおもり灯りと紙のページェント(~2/28) A-FACTORY~アスパム
  キラりんぐ・あおもり(~1/31) アスパム西側特設会場
  あおもり雪灯りまつり(~2/9) ワラッセ西の広場、青森駅前公園(願いの広場)
  
青森市以外でも、魅力的なイベントがあります。
  十和田湖冬物語(2/7~3/2) 十和田湖畔休屋
  弘前城雪燈籠まつり(2/8~11) 弘前城
  津軽鉄道・ストーブ列車(~3/31)

 青森市内は雪が少ないですが、酸ケ湯温泉では例年より雪が多いとのことです。場所によって雪の量が違うようなので、事前に現地の情報を把握してからが良いでしょう。(T.H)

  青森市観光交流情報センター 電話:017-723-4670  8:30~19:00
  あおもり観光情報センター    電話:017-752-6311  8:30~19:00

H26.1月

2014.01.28 | 社長だより

社長だより vol.8

【寺内・八橋周辺 その2 古四王神社】

古四王神社

 寺内というと「古四王さん」を真っ先にあげる人が多いだろう。土崎方面から幕洗川地内経由で旧国道(羽州街道)を秋田方面へ向かうと、ほどなくして高清水丘陵に差し掛かる。 護国神社表参道を過ぎると左側に古四王神社が見えてくる。大鳥居をくぐり、西向きの切石の階段を上りつめると丘陵上に明治三年に再建された社殿がある。境内を取り囲む雑木林からは、南に旧国道、西に旧雄物川河口(現秋田港)、北側には児桜の家並がかいまみられる。その静けさや時折吹き抜ける烈風が揺らすざわめきをきいていると、はるか昔の鎮守様の夢記憶がかすかにみえてくる。

 古四王神社の創建は出羽柵(国指定史跡秋田城址)当時かと推測もされる程極めて古く、奈良朝の昔にさかのぼるが不明。すでに桓武天皇の延歴年間(782~806)に坂上田村麻呂が蝦夷平定の折に立ち寄り再興したと伝えられている。中世には安東氏・秋田氏に、近世には佐竹氏に武人としての崇敬をうけ、近くの住民や遠くの信者からは、単に武人としてのみだけでなく、産土神として五穀豊穣や眼病平癒についてもひろく崇拝された。明治以後、県内ただ一社の國幣社に列せられたのもその歴史を思えば頷ける。

高清水丘陵

 古四王の名の由来は諸説あるようだ。一説は、祭神として祭る大毘古命は「越の国(今の新潟県)」を平定したことから「高志王・越王」からきたとする説、今一つは秋田城内の四天王寺としだいに結びつき寺内鎮守社的なものとなったともいわれる。中世は四天王寺を別当寺とする修験神社となり江戸時代には古四王権現と称され、明治三年に古四王神社となった。

菅江真澄 歌碑

 境内には、高さ2メートルを超えるような黒御影の歌碑がある。菅江真澄が文政4年(1821)正月に詠んで奉った和歌だ。
『ひろ前の雪のしらふゆそのままに手酬るこしのおほきみのみや』とある。さすれば、菅江真澄は古四王の由来を「越王」と考えていたと考えるのは乱暴だろうか。流麗なかな文字で、もしかしたら本人の筆遣いかと思うとぞくぞくしてしまう。

参照 旧國幣社古四王神社由緒(古四王神社)・平凡社刊秋田県の地名・
    金曜会編史跡秋田城址ふる里道しるべ(飯塚喜市編)・あきた青年公論菅江真澄

H26.1月

2013.12.26 | エコムジャーナル

青森だより vol.8

 12月下旬となり、今年もあとわずかとなりました。11月11日の大雪、12月にも寒波が来て、今冬も大雪で悩まされるかなと思っておりましたが、12月の中旬以降は積雪も少なく大事には至っておりません。しかし、日中に雪が解け、夕方にはアイスバーンになるため、運転に気をつけないといけませんね。

 今回は冬の道路についてお話しをさせていただきます。
 積雪により青森県内の一部道路では道路封鎖が行われます。そのため、車での移動距離と時間が増えることになります。
 例えば、青森市から八戸市に移動する場合、夏は八甲田山を通るルートを使えば、2間位で移動できます。しかし、通常使っている道路は冬には封鎖されます。
 そのため、国道4号線かみちのく有料道路を走ることになります。どちらも市内を抜けるのに30分~1時間はかかりますので、その間の状況をみて、国道4号線かみちのく有料道路を選びます。国道4号線は野辺地町までは迂回路が無ありませんし、みちのく有料道路も吹雪のメッカのため、とても選択に困ります。どちらにしても、冬には八戸まで3~4時間は覚悟しておかなければならないでしょう。
 時間に余裕があるときには、国道4号線を走りますが、平内町は吹雪と凍結路面で流れが悪い時が多いですが、コンビニもあるため休憩をとったりすることもできるので精神的には良いです。
 とても急いでいるときにはみちのく有料道路を一か八かで走ることになります。吹雪のメッカのため、視界が悪く、除雪が間に合わないときが多く、吹き溜まりの雪にハンドルを取られながら走るので非常に怖いです。また、避難する場所も限られているので、できることなら走りたくない道路です。
 雪道情報を掲載しているホームページ、“青森道情報”を紹介します。

 最後に、事務所がある青森市里見は住宅街ですが、近くの川に白鳥や鴨?がいました。(Т.H)

事務所周辺 事務所周辺 事務所周辺

 H25.12月

2013.11.28 | エコムジャーナル

青森だより vol.7

 11月11日は青森市で初雪が降りましたが、記録的な大雪で38センチの積雪がありました。道路はシャーベット状態で、車に掻き分けられた雪が道路の真ん中や交差点の真ん中にたまり、走るのが大変でした。2週間位過ぎた今でも、大きな駐車場には、その時の雪が消えずに残っているところもあります。雪の少ない冬になってくれればありがたいのですが・・・

 大雪の前の11月9日と10日、近所の青森産業会館で「2012ぜ~んぶあおもり大農林水産祭」が開催され、二日目に足を運んでみました。
 屋内では、十三湖のしじみ、りんご、ゼネラルレクラーク、八甲田短角牛などが安く売られ、味噌カレー牛乳ラーメン、十和田バラ焼き、十三湖しじみラーメンなどのご当地グルメの飲食コーナーもあり、おいしいものをその場で食べることができました。また、子供達に人気の“ゆるキャラ”、はじめて見る“ゆるキャラ”、大勢来ておりました。時間が合わず見ることができませんでしたが、マグロの解体・即売会もありました。

にぎわい状況 十三湖のしじみ ゆるキャラ軍団
賑わい状況 十三湖のしじみ ゆるキャラ軍団

 雨の中、屋外では肉の串焼き、イカ焼き、フジツボのついた貝の汁物も売られ、傘をさしながら買い物をする人がたくさんおりました。

雨の中の販売所 イカ焼 フジツボの汁物
 雨の中の販売所  イカ焼き  フジツボの汁物

 私は9日のニュースでこのイベントを知り、八甲田短角牛のお肉目当てで行きましたが、ニュースで紹介されたこともあり、直ぐに売り切れとなり買えませんでしたが、しじみ、りんご、ゼネラルレクラークを買い、おいしくいただきました!(Т.H)

H25.11月

2013.11.28 | 社長だより

社長だより vol.7

【寺内・八橋周辺 その1 菅江真澄の墓】

 旧国道を八橋から面影橋を渡って土崎にむかう途中、寺内に入ると“古四王さん”がある。
鳥居を右に見て土崎側に車1台がやっと通れる下りの小道がある。土地の人は“旧羽州街道だ”と言っている。4、5分歩くと、右手に「高清水霊泉」の案内がある。さらに下り、最低部の小川にかかる「伽羅橋(きゃらばし)」を渡るとすぐ右に急な階段が見える。70段近くもあろうか、矢竹を左に見て、登りきると急に東西の視界が開ける。その北東側に菅江真澄の墓碑がある。

 菅江真澄は三河の人で、「江戸時代後期の国学者、紀行家で日本民俗学の先駆者ともよばれる*1」。天明4年(1784)頃来住、「自然・民族・歴史・考古・文学と学問に幅広く、観察力に富み、絵筆を駆使して紀行文や日記、随筆などを書き残した*2」。秋田市内にも秋田県連合青年会が多くの『菅江真澄の道』として標柱に和歌を添え建立しており、歴史を遺す秋田自慢の「散策道」でもある。

 お墓は門人と言われる鎌田家の墓域にある。墓碑をみていると、多くの門人が菅江真澄を前に各地の風俗習慣などを聞き入っている一人のような錯覚におちいる。モノクロのNHK「新日本風土記」をみているようで、豊かな自然と共存していた往時の営みが、幻とも思えないようにみえてくる。墓碑名の周りには流麗な文字が刻まれている。この“一文”をところどころ指でなぞって模写、読んでいるとなおさら静かなざわめきにときめいてしまう。通りがかった旅人も馬を繋ぎ聞き入ることだろう。碑文のわきには、「文政十二年己丑(1829)七月十九日卒 年七十六七*2」とある。
(*菅江真澄の紹介の*1はあきた青年公論 菅江真澄、*2と“一文”は公人の友社 ふる里道しるべ 飯塚喜市編著 から引用した)

H25.11月

2013.10.28 | エコムジャーナル

青森だより vol.6

 9月下旬、児童室のイベントで、子供達と青森市浪岡の工藤農園でりんご狩りをしました。
早稲種のりんご、梨を子供達が楽しそうにもぎ取っておりました。園内には白ぶどう、黒ぶどう、そして、観賞用なのでしょうか、とても小さなりんごもあり、手の届くところにたくさん実っていました。また、せみのさなぎ抜け殻も見つけました。

 りんご  りんご 梨 
たくさんのりんごが! おいしいのかな? 梨も密集しています
 ぶどう  せみの抜け殻 アップルヒルズ 
ぶどうもおいしそう!  久々見ました! アップルヒルズ高台からの眺め

 10月中旬、海上自衛隊大湊航空基地(青森県むつ市)に、ヘリコプター、消防車、管制塔を見学してきました。関係者の皆様、ありがとうございました。
 ヘリコプターはSH60J(護衛艦に搭載され、潜水艦を探知攻撃)、UH60J(災害での救難活動)の2種類を見学。SH60Jには暗闇でも見える暗視スコープなどが装備され、室内は非常に狭く乗員数は3名です。一方、UH60Jは救難用のため10名(担架11名分)が乗ることができ、東日本大震災でも活躍したそうです。また、少しの時間でしたが、SH60Jに体験搭乗することができ、とても感動いたしました。
 40~50m位まで放水できる消防車や特殊なカッターを装備した車両、離着陸には不可欠な管制塔と、普段では見ることができない設備をわかりやすく説明してもらいました。(T.H)

ヘリコプター ヘリコプター 消防車
軍事秘密満載 S坊キャスターも救出! パワフルな放水

H25.10月

2013.10.28 | 社長だより

社長だより vol.6

しつけということ】

校報

H25.10月

2013.09.24 | エコムジャーナル

青森だより vol.5

 青森県内もゲリラ豪雨や台風18号で被害が出ました。被害を受けた皆様、お見舞い申し上げます。大雨に強いインフラ整備を早く進めて、安心して暮らせる環境を作って欲しいですね。

 9月には青森県の太平洋側の十和田市周辺では秋祭りが行われます。既に終わったところ、これからのところもあります。興味のある方は足を運んで盛り上げていただければうれしいです。
 以前は八戸市の三社大祭の山車を借りてきておりましたが、最近は市町村ごとにオリジナリティあふれる山車を製作するようになりました。お囃子も似ているようでどこか違うという感じで、市町村ごとに趣があります。しかし、どこも同じなのは少子化で山車を引く子供が減り、昔のような賑わいが少なくなり、さびしい限りです。

 秋と言えば、やはり食欲の秋となりますが、今年は猛暑の影響がいたるところに出ており、海水温度が高く、秋刀魚の水揚げも少ないと報道されております。早く秋刀魚や鰯のおいしい刺身が食べたいものです。
 しかし、青森県は海産物だけでなく、おいしい野菜、果物、肉があります。例えば、ニンニク、りんご、ぶどう、長いも、牛蒡、倉石牛に短角牛、県南のブランド豚、西海岸のブランド豚もあります。そして鶏肉、シャモロックなど各地でおいしい食材が作られております。そんな中で、私がお勧めなのが馬肉です。
 馬肉はコレステロールがほとんどない美容食で、生でも、焼いても、鍋でもおいしく食べることが出来ます。私が特にお勧めするのは義経鍋(よしつねなべ)という焼肉です。五戸町近辺で食べられておりますが、近隣の人でも知らない人がいるような料理です。由来はいくつかあり、一説では源義経が兜を逆さにし、縁で肉を焼き、真ん中で野菜などを煮て食べたとか。
 私は、肉の片面を焦げるくらいまで焼き、反対側を軽く鉄板に当てて食べるのが好きです。片面が香ばしくサクサクした食感で、反対側はジューシーで、なんとも言えない美味しい体験ができます。皆様も是非食べてみてくださいね。(青森市内でも食べることができますよ!)
義経鍋

どちらの写真も五戸町のお店での写真です。(T.H)

H25.9月

2013.09.24 | 社長だより

社長だより vol.5

【花筐(はながたみ)】  

花筐

 この「花筐」という詩集を知ったのは、1964年(昭和39年)の水温む頃、私が高校卒業まぢかではなかっただろうか。朝日新聞に日付はわからないが、三好達治の葬儀で河上徹太郎が「花筐」の『願はくば』の詩を引用して面影を語ったとの内容が掲載された。何か引っかかりがあり、その切り抜きが今も手元にある。
 新聞に載った「花筐」が読めなく、それ以来調べることもせず『願はくば』の詩集でとおしてきた。最近はネットでもたやすくわかるのだが、そのままにしてきた。それが4年前の12月、書類カバンを探してぶらりと入った仙台駅前の雑居ビル。4階の催事場の古書店で偶然見つかった。そして、「花筐」は「はながたみ」と読むことも確認できた。

 整然とは言えない陳列で、安い初版本にも心が動く。『今日は「願はくば」の本だ』、と言い聞かせ探していったが、“やはりない、ほっとした”。いつもの通り巡り合う喜びを持ち越し、安堵の気持ちになった。しかし、心残りもあり、手だけが段ボールの底に動いていた。A4ぐらいの本の下に文庫本のようなものがある。まさか!それが「花筐」との出会いだった。

  帰りの汽車の中で、「願はくば」を探した。ない!ない!えっ!まさか?
ほどなく、居場所が分かった。どうゆうわけか、目次が一番最後。その前にあった。初版が昭和19年、発行所が北海道、ページを繰るとぼろぼろになりそうなわら半紙に、あの
   『願はくばわがおくつきに 植ゑたまへ梨の木幾株
     春はその白き花さき 秋はその甘き實みのる
    下かげに眠れる人の あはれなる命はとふな・・・』とある。
 今年で「花筐」の名前をみてから50年。
先月長年の友人の葬儀があった。弔辞で『願はくば』を引用しようとした。しかし、願はくばの後半にある『・・梨の木に馬をつないで憩えるのだろうか・・』、と自問した。気持ちの整理もつかず、言えなかった。

H25.9月

2013.09.02 | エコムジャーナル

青森だより vol.4

 梅雨明け前はヤマセの影響で太平洋側は寒く、例えば弘前市が28℃、青森市が26℃の時
八戸市は24℃℃という感じでした。しかし、ねぶた祭りの初日の8月2日に梅雨明けとなり、全県で30℃を超す真夏日が多くなりました。
 ねぶた期間中は天候に恵まれ、土日も重なり人出が多かったです。私が応援しているねぶた師の竹浪比呂央先生の3作品(菱友会、JR、マルハニチロ)のうち、菱友会が商工会議所会頭賞と囃子賞、JRが市長賞と優秀製作者賞を受賞し、最終日の海上運航に出陣しました。
 その他の受賞状況です。ねぶた大賞:日立連合ねぶた委員会、知事賞:サンロード青森、観光コンベンション協会会長賞:ヤマト運輸ねぶた実行委員会、運行・跳人賞:サンロード青森、最優秀作品賞:北村蓮明先生(日立連合ねぶた委員会)、もう一人の優秀作品賞:北村隆先生(ヤマト運輸ねぶた実行委員会)。おめでとうございました。
  詳しくは、下記サイトをご覧ください。
   竹浪比呂央研究所:http://www.geocities.jp/hiroonebutaken/hiroo.html
   青森ねぶたオフィシャルサイト:http://www.nebuta.or.jp/
スマホで撮影した写真です。きれいな画像はオフィシャルサイトで!
 ねぶた

 お盆が過ぎたら朝夕涼しくなり、過ごしやすくなりました。たまに寒いくらいですが・・・
また、全国でゲリラ豪雨の被害もでており、被害に遭われた皆様もいらっしゃると思います。お見舞い申し上げます。
 下の写真は6月に撮った田舎館村の田んぼアートです。会場が二つあり、これは役場からの風景です。多分、今は稲も生長しよりきれいなコントラストなのでは・・・。(T.H)
田んぼアート青森県観光情報サイト:http://www.aptinet.jp/Detail_display_00000739.html

H25.8月

2013.08.22 | 社長だより

社長だより vol.4

 【打ち水】

 今年は父の七回忌。元気でいれば卒寿。
その父が寝たきりになり、盆栽への“水やり”は私の仕事になった。生前足が不自由になり、父に“水やってけれ、葉水も大事だ”と言われ、ついついつっけんどんに“水かけてくる”なんてぶすっと言ったものだ。
私は面倒なので、じょうろのハス口を外して水を根元にかけ、あとは多くの盆栽の上からまとめて雨降り同様“ざあ・ざあ”とかけてやった。“これでは水を撒くのと変わらない”と思いながらもついついやってしまう。
そして、毎年減ってゆく盆栽の数。枝が枯れ、樹形が変わってゆくのをみていると、無口な父の仕事の丁寧さが目に浮かぶ。

玄関前

 たいして時間もかからない盆栽への水かけが終わってから、玄関前の植え込みに水をかけ、僅かばかりのアプローチに「打ち水」をする頃になるとなぜか、柄にもなくゆったりしてくる、というか静かな心になる。水の動きが空気の流れを変えている。五感への清涼効果だと思うのだが、植え込みも目に見えて鮮やかに生き返る。“待ってたよ”、庭木が思い思いに話しかけてくる。

  この数歩のアプローチ、「訪れた人が振り返ると思わず “えっ”と感ずる景色にしてほしい」、と地割や飛び石の配置を庭師と相談したことを思い出す。長年父の信頼の厚かったその庭師も老齢で引退となった。この頃は「口ばかりの職人」がはさみを入れるものだからなかなか景色が落ち着かない。それでも「打ち水」をすると心が和らいでくるのがわかる。このアプローチに何か主張を持たせてやりたい。蹲は手入れが大変そうなので、飛び石の横に大ぶりの「鞍馬石」を配し、杉苔をと巡らしている・・・。

H25.8月

2013.07.29 | エコムジャーナル

青森だより vol.3

 7月3日小雨の中、北上市で三菱重工環境・化学エンジニアリング株式会社殿で受注した、
『(仮称)岩手中部広域クリーンセンター整備及び運営事業 建設工事』の安全祈願祭が執り行われました。

安全祈願祭

 このクリーンセンターの建設期間は平成27年9月末までの約3年。処理方式はストーカ+セメント資源化方式、処理規模は91t/日×2炉、余熱利用として蒸気タービン発電を行います。
  建設工事、その後の運営と無事故で安全に進みますよう祈っております。

 今回は平川市を紹介させていただきます。弘前市と黒石市の隣に位置し、平成18年に尾上町、平賀町、碇ヶ関が合併して誕生しました。
 盛美園や約1200年前に造営されたと言われる猿賀神社があったり、広船地区で栽培されているリンゴは農林大臣賞を受賞していたり、緑色の天然温泉があったり、碇ヶ関地区の道ノ駅では関所資料館を見学したり、山菜や特産の自然薯をつかった食品を買うことができたり、温泉に入ったりすることができ、多彩な魅力を持ったところです。

数年前のジブリ映画で『借りぐらしのアリエッティ』をご存知でしょうか?人間に見られてはいけないという掟の下、人間の家の軒下に住み、生活品を人間から借りて暮らす小人と、人間の少年との恋のお話しです。盛美園

 この舞台となる建物や庭の絵は、ジブリの社員旅行で訪れた盛美園を参考にしたそうです。
 盛美園は農家で資産家の清藤盛美が明治時代に造らせ、武学流庭園の最高峰と言われ、和洋折衷の洋館を盛美館と言います。
 ぜひ一度、お立ち寄りしてみてはいかがでしょうか。(T.H)

H25.7月

2013.07.29 | 社長だより

社長だより vol.3

【不思議な縁】

 由利本荘市で製材業を営む親戚から、“奥の集落にある旧家、頼まれてつぶすことになった。下見に行ったら座敷の襖に字が書いてある。みるんだったら案内するよ”と、金曜の寝る前に電話があった。

襖の書

 もしかして、手の込んだ古い建具があるかもしれない。矢も楯もなく翌日朝に電話の主の先導で取り壊す家に行ってみた。外観はどうということもない。気落ちしながら低い軒をくぐり座敷に入った。薄暗く布団や雑多なものがちらばり、畳もところどころ落ちているところもあり、黴臭く薄気味悪い。“これなんだけど、”と指を指す。“えっ、これ石田白樹さんの書だよ”。“ふーん、こっちにもあるんだ。”続きの座敷に目を移すと七言絶句の漢詩。ゆったりとふくよかな時が流れるまさしく先生の行書だ。“欲しかったら、持って行ってやるよ”。思わず“欲しい”声が漏れた。

 家に届いた襖の書はあの時見た以上に真っ赤にやけパキパキ折れる。さらに猫のひっかき傷での欠損、雨漏りなどでボロボロになっている。修復には半年以上もかかるそうだ。取りあえず、種苗交換会を始めた石川理紀之助翁の歌二首(かな)、襖二枚の修復を依頼した。お好きであったご酒後かとも感じさせるような筆の動き。下張りの新聞紙から、先生が60歳近くと思われる円熟期の作品だ。これだけの名品、滅多にない。落款も今まで見たこともない文人画のようなひょうたん型に“白樹”とある。

 先生は秋田大学の元助教授で書道界の重鎮であった。奥様は毛馬内(現鹿角市)ご出身の『ゆたか』さんで「かなの名手」と聞いていた。先生が不在の時は奥様にも手ほどきを受けた。なけなしの家計の中から約10年書道塾に通わせた両親。今思えばなんと贅沢な子育てであったろう。
 あとで襖に引き合わせてくれた親戚から、「石田先生は学生時代、近藤さんの奥さんの手形の実家に下宿していたそうだ」と聞いた。これもまた何とも言えず不思議な縁だ。年末修復が終わり我が家に帰ってくる。畳にながまって飽きるまでながめよう。

H25.7月

2013.06.28 | エコムジャーナル

青森だより vol.2

 6月11~13日と秋田出張中は毎日が30℃超えで猛暑でしたが、青森に戻ったら25℃位で避暑地のようにさわやかでした。
訓練展示

訓練展示

前号で紹介しました自衛隊のパレード、式典、行ってきました。
 すごかったです、訓練展示。駐屯地内で仮想の敵に攻撃する訓練で、無線通信のやり取り、高射砲、戦車などからの攻撃、すごい迫力です。空砲なんですがとんでもない爆音でした。浄化装置

シート製給水タンク
 自衛隊の皆様は、日本のために日々訓練と実務、災害対応等と頑張っていただき、本当に頭が下がります。
 

水神
 6月9日に交通安全協会の安全祈願日帰り旅行で五所川原市に行ってきました。
 ちなみに、五所川原市の公共下水マンホールポンプの監視通報装置には当社で水神を納入しております。
 旅行では「津軽金山焼き」と旧金木町の芦野公園に行き、稲垣温泉で昼食をとりました。
津軽金山焼きの売店ではいろんな種類の素朴な風合いの焼き物が売られております。また、陶芸教室もやっておりますので興味のある方は是非お立ち寄を。 津軽金山焼へようこそ!
 芦野公園は、春には桜と津軽鉄道を撮る写真家が訪れる風光明媚なところで、太宰治の像やつり橋、オートキャンプ場があり家族連れも楽しめます。 (T.H)
 

金山焼の像 売店内 芦野公園案内図 つり橋
 金山焼きの像  売店内  公園案内  つり橋

H25.6月

 

 

2013.06.28 | 社長だより

社長だより vol.2

 【昔の夏みかん】

夏みかん

 我が家に必ず毎年4月に、静岡の磐田から「昔の夏ミカン」と「新茶」が宅急便で届く。部屋中にツーンと新鮮な香りが拡がる。
送り主は、亡くなった父の戦友の奥さんのお名前だ。秋には「三ケ日のみかん」も送っていただく。秋田からは夏に、「いなにはそうめん」、秋は「大森のふじ」をお届けします。この“相互訪問”は、父と戦友の間で、昭和30年代初頭、夏みかんとリンゴで始まり、かれこれ55年も過ぎた。今はお互い顔見ぬ長男同士の付き合いだ。

 今年もいただいた「昔の夏みかん」を仏壇にお供えした。毎朝家内と一緒にご飯とお水をあげ、“食べるか?”と顔を見合わせ、最後の1個に手をつけた。届いてからかれこれ1か月半以上も過ぎた。“しなぶけ”てしまったが、しっとりと重く、歯が浮くような酸っぱさは、子供のあの時に帰る。

 父の海軍時代の履歴表と写真から推測すると、戦友とは支那事変で苦楽を共にしたようだ。磐田へは小学校低学年の時、家族4人でC58(だと思う)に牽かれた夜行列車(急行津軽)の2等車(ボックス席でクッションが良いだけ?)に乗ってお邪魔しただけだ。あの時、窓を開け目に何回煙(石炭)を入れただろう。目がごろごろして、両親に“涙を流せば取れる”と言われたことを思い出す。「昔の夏みかん」の木も二代目と聞く。亡き父の名代で戦友の墓参りもしたい。今度は「こまちとこだま」を乗り継いで家内と磐田へたどってみよう。

H25.6月

2013.05.27 | エコムジャーナル

青森だより vol.1

八甲田山付近

 青森県もやっと暖かくなり気温も20℃を超す日が出てきました。皆様の所はいかがですか?

 5月19日青森県の中心に位置する八甲田山(いくつかの山の総称)付近を車で走りました。
道端にはまだ雪が残り、桜も咲いていました。
今年の春は寒い日が続き、例年より開花が遅れ、開花しても葉っぱもいっしょに出てきていたので、すごく損をした感じです。
写真は5月7日 日本の道100選に選ばれた十和田市官庁街通りの桜です。

さて、今回紹介させていただくのは、青森市で6月1日(土)、6月2日(日)に行われる自衛隊の行事です。第9師団創立51周年、青森駐屯地創立62周年の記念行事で、1日には青森市新町通りでパレード、新中央埠頭で祝賀式典、青い海公園で野外音楽演奏、2日には青森駐屯地で記念式典、訓練展示などが行なわれる予定です。
昨年の祝賀式典では、空からパラシュートで3名の隊員が降下し、横風が強いなか見事に着陸ポイントに着陸しておりました。訓練の賜物ですね。隊員の一人は青森県出身と紹介されておりました。青森県民として誇らしいです。
全国でも市中パレードは多くないとのことで、震災復旧でも活躍された隊員の皆さんの勇姿を見学してみませんか。普段、見ることができないものを間近に見ることができますよ。(T.H)

 詳しくは、自衛隊のイベント情報(下記アドレス)でチェックしてください!
http://www.mod.go.jp/gsdf/neae/9d/ibentnnai.htm

写真は昨年の模様です。

H25.5月

2013.05.27 | 社長だより

社長だより vol.1

【花木暦】

 子供の頃は庭の片隅にもあった沈丁花。何とはなしになじめなかったあの匂い。しかし、いまはすっかり虜になってしまった。他界した父母がこの沈丁花が好きだったせいかもしれない。向かいのお宅から、道路越しに遠くまで漂う芳香力の強さ。外に出ると花のそばまで引きよせられる。爽やかで切ない香りだ。花好きの父母を思い出させ、胸が一瞬“きゅん”となる。

沈丁花
沈丁花

  我が家の花木花暦。春一番が玄関前の目立たない“黄梅”だ。そして、縮れた錦糸卵のような“まんさく”、シジュウカラがすきな“馬酔木”の実。“モクレン”、ちょっと名前負けする匂いの“橘”の花、“つつじ”、そして夏始めの白粉のような“クチナシ”。橘の花にも似た“かりん”の花、シャイな“夏椿”、“金木犀”と続き、最後が“お茶の花”。今は“藪椿”も咲き始めてきた。しかし、『クチナシと金木犀・お茶』は今年の大雪と季節外れの寒さに見る影もない。親父、ごめんよ!

H25.5月