秋田東北商事株式会社

NEWSお知らせ

2013.09.24 | 社長だより

社長だより vol.5

【花筐(はながたみ)】  

花筐

 この「花筐」という詩集を知ったのは、1964年(昭和39年)の水温む頃、私が高校卒業まぢかではなかっただろうか。朝日新聞に日付はわからないが、三好達治の葬儀で河上徹太郎が「花筐」の『願はくば』の詩を引用して面影を語ったとの内容が掲載された。何か引っかかりがあり、その切り抜きが今も手元にある。
 新聞に載った「花筐」が読めなく、それ以来調べることもせず『願はくば』の詩集でとおしてきた。最近はネットでもたやすくわかるのだが、そのままにしてきた。それが4年前の12月、書類カバンを探してぶらりと入った仙台駅前の雑居ビル。4階の催事場の古書店で偶然見つかった。そして、「花筐」は「はながたみ」と読むことも確認できた。

 整然とは言えない陳列で、安い初版本にも心が動く。『今日は「願はくば」の本だ』、と言い聞かせ探していったが、“やはりない、ほっとした”。いつもの通り巡り合う喜びを持ち越し、安堵の気持ちになった。しかし、心残りもあり、手だけが段ボールの底に動いていた。A4ぐらいの本の下に文庫本のようなものがある。まさか!それが「花筐」との出会いだった。

  帰りの汽車の中で、「願はくば」を探した。ない!ない!えっ!まさか?
ほどなく、居場所が分かった。どうゆうわけか、目次が一番最後。その前にあった。初版が昭和19年、発行所が北海道、ページを繰るとぼろぼろになりそうなわら半紙に、あの
   『願はくばわがおくつきに 植ゑたまへ梨の木幾株
     春はその白き花さき 秋はその甘き實みのる
    下かげに眠れる人の あはれなる命はとふな・・・』とある。
 今年で「花筐」の名前をみてから50年。
先月長年の友人の葬儀があった。弔辞で『願はくば』を引用しようとした。しかし、願はくばの後半にある『・・梨の木に馬をつないで憩えるのだろうか・・』、と自問した。気持ちの整理もつかず、言えなかった。

H25.9月

2013.09.02 | エコムジャーナル

青森だより vol.4

 梅雨明け前はヤマセの影響で太平洋側は寒く、例えば弘前市が28℃、青森市が26℃の時
八戸市は24℃℃という感じでした。しかし、ねぶた祭りの初日の8月2日に梅雨明けとなり、全県で30℃を超す真夏日が多くなりました。
 ねぶた期間中は天候に恵まれ、土日も重なり人出が多かったです。私が応援しているねぶた師の竹浪比呂央先生の3作品(菱友会、JR、マルハニチロ)のうち、菱友会が商工会議所会頭賞と囃子賞、JRが市長賞と優秀製作者賞を受賞し、最終日の海上運航に出陣しました。
 その他の受賞状況です。ねぶた大賞:日立連合ねぶた委員会、知事賞:サンロード青森、観光コンベンション協会会長賞:ヤマト運輸ねぶた実行委員会、運行・跳人賞:サンロード青森、最優秀作品賞:北村蓮明先生(日立連合ねぶた委員会)、もう一人の優秀作品賞:北村隆先生(ヤマト運輸ねぶた実行委員会)。おめでとうございました。
  詳しくは、下記サイトをご覧ください。
   竹浪比呂央研究所:http://www.geocities.jp/hiroonebutaken/hiroo.html
   青森ねぶたオフィシャルサイト:http://www.nebuta.or.jp/
スマホで撮影した写真です。きれいな画像はオフィシャルサイトで!
 ねぶた

 お盆が過ぎたら朝夕涼しくなり、過ごしやすくなりました。たまに寒いくらいですが・・・
また、全国でゲリラ豪雨の被害もでており、被害に遭われた皆様もいらっしゃると思います。お見舞い申し上げます。
 下の写真は6月に撮った田舎館村の田んぼアートです。会場が二つあり、これは役場からの風景です。多分、今は稲も生長しよりきれいなコントラストなのでは・・・。(T.H)
田んぼアート青森県観光情報サイト:http://www.aptinet.jp/Detail_display_00000739.html

H25.8月

2013.08.22 | 社長だより

社長だより vol.4

 【打ち水】

 今年は父の七回忌。元気でいれば卒寿。
その父が寝たきりになり、盆栽への“水やり”は私の仕事になった。生前足が不自由になり、父に“水やってけれ、葉水も大事だ”と言われ、ついついつっけんどんに“水かけてくる”なんてぶすっと言ったものだ。
私は面倒なので、じょうろのハス口を外して水を根元にかけ、あとは多くの盆栽の上からまとめて雨降り同様“ざあ・ざあ”とかけてやった。“これでは水を撒くのと変わらない”と思いながらもついついやってしまう。
そして、毎年減ってゆく盆栽の数。枝が枯れ、樹形が変わってゆくのをみていると、無口な父の仕事の丁寧さが目に浮かぶ。

玄関前

 たいして時間もかからない盆栽への水かけが終わってから、玄関前の植え込みに水をかけ、僅かばかりのアプローチに「打ち水」をする頃になるとなぜか、柄にもなくゆったりしてくる、というか静かな心になる。水の動きが空気の流れを変えている。五感への清涼効果だと思うのだが、植え込みも目に見えて鮮やかに生き返る。“待ってたよ”、庭木が思い思いに話しかけてくる。

  この数歩のアプローチ、「訪れた人が振り返ると思わず “えっ”と感ずる景色にしてほしい」、と地割や飛び石の配置を庭師と相談したことを思い出す。長年父の信頼の厚かったその庭師も老齢で引退となった。この頃は「口ばかりの職人」がはさみを入れるものだからなかなか景色が落ち着かない。それでも「打ち水」をすると心が和らいでくるのがわかる。このアプローチに何か主張を持たせてやりたい。蹲は手入れが大変そうなので、飛び石の横に大ぶりの「鞍馬石」を配し、杉苔をと巡らしている・・・。

H25.8月

2013.07.29 | エコムジャーナル

青森だより vol.3

 7月3日小雨の中、北上市で三菱重工環境・化学エンジニアリング株式会社殿で受注した、
『(仮称)岩手中部広域クリーンセンター整備及び運営事業 建設工事』の安全祈願祭が執り行われました。

安全祈願祭

 このクリーンセンターの建設期間は平成27年9月末までの約3年。処理方式はストーカ+セメント資源化方式、処理規模は91t/日×2炉、余熱利用として蒸気タービン発電を行います。
  建設工事、その後の運営と無事故で安全に進みますよう祈っております。

 今回は平川市を紹介させていただきます。弘前市と黒石市の隣に位置し、平成18年に尾上町、平賀町、碇ヶ関が合併して誕生しました。
 盛美園や約1200年前に造営されたと言われる猿賀神社があったり、広船地区で栽培されているリンゴは農林大臣賞を受賞していたり、緑色の天然温泉があったり、碇ヶ関地区の道ノ駅では関所資料館を見学したり、山菜や特産の自然薯をつかった食品を買うことができたり、温泉に入ったりすることができ、多彩な魅力を持ったところです。

数年前のジブリ映画で『借りぐらしのアリエッティ』をご存知でしょうか?人間に見られてはいけないという掟の下、人間の家の軒下に住み、生活品を人間から借りて暮らす小人と、人間の少年との恋のお話しです。盛美園

 この舞台となる建物や庭の絵は、ジブリの社員旅行で訪れた盛美園を参考にしたそうです。
 盛美園は農家で資産家の清藤盛美が明治時代に造らせ、武学流庭園の最高峰と言われ、和洋折衷の洋館を盛美館と言います。
 ぜひ一度、お立ち寄りしてみてはいかがでしょうか。(T.H)

H25.7月

2013.07.29 | 社長だより

社長だより vol.3

【不思議な縁】

 由利本荘市で製材業を営む親戚から、“奥の集落にある旧家、頼まれてつぶすことになった。下見に行ったら座敷の襖に字が書いてある。みるんだったら案内するよ”と、金曜の寝る前に電話があった。

襖の書

 もしかして、手の込んだ古い建具があるかもしれない。矢も楯もなく翌日朝に電話の主の先導で取り壊す家に行ってみた。外観はどうということもない。気落ちしながら低い軒をくぐり座敷に入った。薄暗く布団や雑多なものがちらばり、畳もところどころ落ちているところもあり、黴臭く薄気味悪い。“これなんだけど、”と指を指す。“えっ、これ石田白樹さんの書だよ”。“ふーん、こっちにもあるんだ。”続きの座敷に目を移すと七言絶句の漢詩。ゆったりとふくよかな時が流れるまさしく先生の行書だ。“欲しかったら、持って行ってやるよ”。思わず“欲しい”声が漏れた。

 家に届いた襖の書はあの時見た以上に真っ赤にやけパキパキ折れる。さらに猫のひっかき傷での欠損、雨漏りなどでボロボロになっている。修復には半年以上もかかるそうだ。取りあえず、種苗交換会を始めた石川理紀之助翁の歌二首(かな)、襖二枚の修復を依頼した。お好きであったご酒後かとも感じさせるような筆の動き。下張りの新聞紙から、先生が60歳近くと思われる円熟期の作品だ。これだけの名品、滅多にない。落款も今まで見たこともない文人画のようなひょうたん型に“白樹”とある。

 先生は秋田大学の元助教授で書道界の重鎮であった。奥様は毛馬内(現鹿角市)ご出身の『ゆたか』さんで「かなの名手」と聞いていた。先生が不在の時は奥様にも手ほどきを受けた。なけなしの家計の中から約10年書道塾に通わせた両親。今思えばなんと贅沢な子育てであったろう。
 あとで襖に引き合わせてくれた親戚から、「石田先生は学生時代、近藤さんの奥さんの手形の実家に下宿していたそうだ」と聞いた。これもまた何とも言えず不思議な縁だ。年末修復が終わり我が家に帰ってくる。畳にながまって飽きるまでながめよう。

H25.7月

2013.06.28 | エコムジャーナル

青森だより vol.2

 6月11~13日と秋田出張中は毎日が30℃超えで猛暑でしたが、青森に戻ったら25℃位で避暑地のようにさわやかでした。
訓練展示

訓練展示

前号で紹介しました自衛隊のパレード、式典、行ってきました。
 すごかったです、訓練展示。駐屯地内で仮想の敵に攻撃する訓練で、無線通信のやり取り、高射砲、戦車などからの攻撃、すごい迫力です。空砲なんですがとんでもない爆音でした。浄化装置

シート製給水タンク
 自衛隊の皆様は、日本のために日々訓練と実務、災害対応等と頑張っていただき、本当に頭が下がります。
 

水神
 6月9日に交通安全協会の安全祈願日帰り旅行で五所川原市に行ってきました。
 ちなみに、五所川原市の公共下水マンホールポンプの監視通報装置には当社で水神を納入しております。
 旅行では「津軽金山焼き」と旧金木町の芦野公園に行き、稲垣温泉で昼食をとりました。
津軽金山焼きの売店ではいろんな種類の素朴な風合いの焼き物が売られております。また、陶芸教室もやっておりますので興味のある方は是非お立ち寄を。 津軽金山焼へようこそ!
 芦野公園は、春には桜と津軽鉄道を撮る写真家が訪れる風光明媚なところで、太宰治の像やつり橋、オートキャンプ場があり家族連れも楽しめます。 (T.H)
 

金山焼の像 売店内 芦野公園案内図 つり橋
 金山焼きの像  売店内  公園案内  つり橋

H25.6月

 

 

2013.06.28 | 社長だより

社長だより vol.2

 【昔の夏みかん】

夏みかん

 我が家に必ず毎年4月に、静岡の磐田から「昔の夏ミカン」と「新茶」が宅急便で届く。部屋中にツーンと新鮮な香りが拡がる。
送り主は、亡くなった父の戦友の奥さんのお名前だ。秋には「三ケ日のみかん」も送っていただく。秋田からは夏に、「いなにはそうめん」、秋は「大森のふじ」をお届けします。この“相互訪問”は、父と戦友の間で、昭和30年代初頭、夏みかんとリンゴで始まり、かれこれ55年も過ぎた。今はお互い顔見ぬ長男同士の付き合いだ。

 今年もいただいた「昔の夏みかん」を仏壇にお供えした。毎朝家内と一緒にご飯とお水をあげ、“食べるか?”と顔を見合わせ、最後の1個に手をつけた。届いてからかれこれ1か月半以上も過ぎた。“しなぶけ”てしまったが、しっとりと重く、歯が浮くような酸っぱさは、子供のあの時に帰る。

 父の海軍時代の履歴表と写真から推測すると、戦友とは支那事変で苦楽を共にしたようだ。磐田へは小学校低学年の時、家族4人でC58(だと思う)に牽かれた夜行列車(急行津軽)の2等車(ボックス席でクッションが良いだけ?)に乗ってお邪魔しただけだ。あの時、窓を開け目に何回煙(石炭)を入れただろう。目がごろごろして、両親に“涙を流せば取れる”と言われたことを思い出す。「昔の夏みかん」の木も二代目と聞く。亡き父の名代で戦友の墓参りもしたい。今度は「こまちとこだま」を乗り継いで家内と磐田へたどってみよう。

H25.6月

2013.05.27 | エコムジャーナル

青森だより vol.1

八甲田山付近

 青森県もやっと暖かくなり気温も20℃を超す日が出てきました。皆様の所はいかがですか?

 5月19日青森県の中心に位置する八甲田山(いくつかの山の総称)付近を車で走りました。
道端にはまだ雪が残り、桜も咲いていました。
今年の春は寒い日が続き、例年より開花が遅れ、開花しても葉っぱもいっしょに出てきていたので、すごく損をした感じです。
写真は5月7日 日本の道100選に選ばれた十和田市官庁街通りの桜です。

さて、今回紹介させていただくのは、青森市で6月1日(土)、6月2日(日)に行われる自衛隊の行事です。第9師団創立51周年、青森駐屯地創立62周年の記念行事で、1日には青森市新町通りでパレード、新中央埠頭で祝賀式典、青い海公園で野外音楽演奏、2日には青森駐屯地で記念式典、訓練展示などが行なわれる予定です。
昨年の祝賀式典では、空からパラシュートで3名の隊員が降下し、横風が強いなか見事に着陸ポイントに着陸しておりました。訓練の賜物ですね。隊員の一人は青森県出身と紹介されておりました。青森県民として誇らしいです。
全国でも市中パレードは多くないとのことで、震災復旧でも活躍された隊員の皆さんの勇姿を見学してみませんか。普段、見ることができないものを間近に見ることができますよ。(T.H)

 詳しくは、自衛隊のイベント情報(下記アドレス)でチェックしてください!
http://www.mod.go.jp/gsdf/neae/9d/ibentnnai.htm

写真は昨年の模様です。

H25.5月

2013.05.27 | 社長だより

社長だより vol.1

【花木暦】

 子供の頃は庭の片隅にもあった沈丁花。何とはなしになじめなかったあの匂い。しかし、いまはすっかり虜になってしまった。他界した父母がこの沈丁花が好きだったせいかもしれない。向かいのお宅から、道路越しに遠くまで漂う芳香力の強さ。外に出ると花のそばまで引きよせられる。爽やかで切ない香りだ。花好きの父母を思い出させ、胸が一瞬“きゅん”となる。

沈丁花
沈丁花

  我が家の花木花暦。春一番が玄関前の目立たない“黄梅”だ。そして、縮れた錦糸卵のような“まんさく”、シジュウカラがすきな“馬酔木”の実。“モクレン”、ちょっと名前負けする匂いの“橘”の花、“つつじ”、そして夏始めの白粉のような“クチナシ”。橘の花にも似た“かりん”の花、シャイな“夏椿”、“金木犀”と続き、最後が“お茶の花”。今は“藪椿”も咲き始めてきた。しかし、『クチナシと金木犀・お茶』は今年の大雪と季節外れの寒さに見る影もない。親父、ごめんよ!

H25.5月